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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9376号 判決

原告 亡佐藤忠次訴訟承継人 佐藤昌

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 森松萬英

被告 巻幡茂子

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 五十嵐敬喜

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告佐藤昌に対し各自金一〇四三万一三五〇円、原告佐藤仁弘に対し各自金三四七万七一一六円、原告佐藤和男に対し各自金三四七万七一一六円、原告佐藤嶺子に対し各自金一七三万八五五八円、原告佐藤乃理に対し各自金八六万九二七九円、原告佐藤久理に対し各自金八六万九二七九円及び右各金員に対する昭和四八年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

訴外亡佐藤忠次(承継前原告。以下「亡忠次」という。)は、東京都渋谷区恵比寿南二丁目二五番五、六所在宅地(地積合計三六一・三四平方メートル、以下「本件土地」という。)のもと所有者で、かつ、右地上に鉄筋コンクリート造五階建の共同住宅(以下「本件建物」という。)を建築してこれを所有していた者、被告巻幡茂子、同巻幡俊毅及び同巻幡忍は、本件土地の北側に隣接する宅地上の建物(以下「巻幡宅」という。)に居住し生活を営んでいる者であり、被告巻幡俊毅及び巻幡忍は被告巻幡茂子の家族である。

2  本件建物の建築計画及び近隣住民への説明

(一) 亡忠次は昭和四六年ころからその所有する本件土地上に本件建物を建築することを計画した。右当時本件土地を含む付近一帯の地域(以下「本件地域」という。)は建築基準法上建ぺい率が七〇パーセント、容積率が四〇〇パーセントであって、七階建建物の建築が可能であった。しかし、亡忠次は、本件建物の建築に当たり東京都住宅局指導部貸付課の行う住宅建設資金融資の斡旋を受けることを考えていたこともあって、右融資斡旋制度の目的とする良好な住環境の形成に寄与すべく、本件建物の建築面積を二二〇・八六平方メートル、建ぺい率六一パーセントとし、階数も五階に留めて延べ建築面積を一〇四一・二六平方メートル、容積率二八八パーセント、その充足率を七二パーセントとして設計した。また本件土地の南側は幅員八メートルの道路に面していて、本件土地の南側部分を空地として車庫にすればその利用価値が高いにもかかわらず、巻幡宅敷地に面した北側部分を広く空けて被告らの日照利益に資するべく、巻幡宅敷地との境界から四・五メートルないし五・四メートルの敷地を空地とし、本件土地の西側道路をはさんで向い側の訴外高橋六郎宅への東方からの採光の便を図るため本件建物の西側を無理にセットバックする設計にした。そして、工事施行に当たっては近隣への騒音の少い穴堀工事を採用することとした。

(二) 亡忠次は、昭和四七年七月七日本件建物について渋谷区建築主事の建築確認を得、同月一八日、訴外鵬建設株式会社(以下「鵬建設」という。)との間において、同年八月二六日着工、翌昭和四八年三月三一日完成の予定で本件建物建築工事請負契約を締結した。

(三) 亡忠次は同年七月一八日、鵬建設代表取締役荒木政雄、同社取締役設計部長大澤冨治雄とともに被告らをはじめ近隣居住者方を訪問し、本件建物建築への協力を求めるとともに希望条件等があれば提出するよう申し入れた。そして同日夜、前記高橋六郎宅に同訴外人をはじめ被告巻幡茂子、訴外田中きくゑ、同沼田和子ら近隣住民が集まり、鵬建設の側から荒木社長及び大澤設計部長が出席して本件建物の設計計画内容を説明した。同月三一日亡忠次は、同人を訪ねてきた被告巻幡茂子及び訴外高橋六郎に対し、本件建物の建築図面を示してその設計計画内容を説明したところ、同被告及び訴外高橋は一応了解して帰った。同年八月四日には被告巻幡茂子、訴外高橋六郎、同田中きくゑ、同兼村ヒサ、同織田一、同沼田和子らが亡忠次を訪ね、本件五階建建物を四階建にするよう申し入れ、更に翌八月五日にも右被告巻幡茂子ら近隣住民が亡忠次を訪ねて右同様の申し入れをしたので、亡忠次は誠意をもってこれに対応した。

(四) 亡忠次は、同年八月一九日、東京都住宅局指導部貸付課に対し前記融資斡旋の申込をし、同月二二日、融資銀行の株式会社三菱銀行(恵比寿支店)との間で住宅建設資金借入に関する契約を締結した。そして、同年八月二五日に地鎮祭を行って翌八月二六日本件建物建築工事に着工した。

(五) 右地鎮祭の行われた当日夜、訴外高橋六郎宅に同訴外人をはじめ被告巻幡茂子、訴外沼田和子、同田中きくゑ、同兼村ヒサらが集まり、鵬建設の前記大澤設計部長及び迫田現場主任が亡忠次を代理する形で訴外高橋宅へ赴き、被告巻幡茂子らに対し本件建物の設計図を示してその建築内容を説明し、同被告らとの間で、工事期間、作業時間、建物損害の補償、安全管理、騒音規制等について話し合った。その結果、右大澤らは、被告巻幡茂子ら近隣住民の要望事項に沿って工事を行う旨誓約し、同被告をはじめ近隣住民はこれを受けて本件建物建築工事に異議なく同意する旨意思表示し、鵬建設との間でその旨の念書を作成した。

3  被告らによる本件建物建築工事妨害行為

(一) 被告ら三名を含む本件建物近隣住民は、本件建物建築工事に同意したにもかかわらず、昭和四七年八月二九日訴外高橋六郎を会長として近隣七世帯からなる佐藤ビル建築反対期成同盟会を組織し、本件建物建築反対運動を起こすことにし、日本社会党員で元東京都議会議員の沖田正人(以下「沖田元都議」という。)及び同党員で渋谷区議会議員の篠崎清一(以下「篠崎区議」という。)に本件建物建築工事を妨害するよう依頼した。

右依頼を受けた沖田元都議らは、同日、その地位を利用して、東京都首都整備局建築指導部長宇垣成夫及び同都住宅局貸付課の竹内係長に働きかけ、宇垣部長をして本件建物建築工事現場の鵬建設従業員に対し、「付近の人達との話し合いがつくまで工事を中止し、明朝都庁日照相談室に出頭するように。」という内容の電話をさせるとともに、竹内係長をして三菱銀行本店に対し、本件建物の建築費用の融資先である同銀行恵比寿支店の方から亡忠次に対し都庁日照相談室への出頭を求め、かつそれまで同人に対する貸付を一時見合わせるよう指示させた。同銀行恵比寿支店は、これを受けて、同日、亡忠次に対し、電話で、「本店からの電話だが、東京都住宅局貸付課が言うには、明朝都庁日照相談室に出頭するようにとのことで、それまで一時貸付を見合わせるようにと言ってきております。」旨伝えた。そのため、鵬建設は同日から本件建物建築工事を中断することを余儀なくされた。

翌八月三〇日亡忠次及び鵬建設の大澤設計部長が都庁日照相談室に出頭し、同月二五日に被告らとの間で作成した前記念書を示して事情を説明したところ、宇垣部長自ら被告巻幡茂子及び訴外高橋六郎に架電し、右念書の内容を確かめてその記載どおりの合意ができていることを確認したうえで、亡忠次らに工事を進めるよう伝えた。ところがこれを受けて鵬建設が工事を再開しようとしたところ、同年九月一日、沖田元都議から同社に対し、「工事を継続すれば、官公庁の指名を取消す。」旨の電話がなされた。そして、沖田元都議及び篠崎区議らは社会党の都議会議員、区議会議員を糾合し、日本社会党の広報車を使用し連日にわたり佐藤ビル建築反対のためのビラまき及びビラ張りを行い、亡忠次の本件建物建築が違法であるかの如く糾弾したため、鵬建設は、引き続き本件工事の続行を見合わせていたが、同年九月三日亡忠次に対し前記請負契約の解除を申し入れ、同人もやむなくこれに応じた。

(二) そこで亡忠次は、昭和四七年九月六日、訴外山品建設株式会社(以下「山品建設」という。)と本件建物建築工事請負契約を締結した。ところが同月一一日、沖田元都議が山品建設に架電して、「隣近所との話し合いがつくまで工事に着手しないで欲しい。工事に着手すれば都の住宅局に手配して工事の中止処分をさせる。」旨申し向け、また山品建設の本件工事現場従業員に対し、「話し合いがつくまで工事をやってはならない。」旨申し向けた。更に同元都議は、同日山品建設工事部部長小林公司に対し、電話で、「山品建設があくまで強行するならば、今日住宅局財務の村田と会ってきたが、住宅局長に話をつけて、以後山品建設を住宅局の指名から外すようにするから、よく考えなさい。」と申し向けた。そのため、山品建設も同月一四日亡忠次に対し右請負契約の解除を申し入れ、同契約も解除されるに至った。

(三) その後亡忠次は、昭和四七年九月二九日訴外三恵建設工業株式会社(以下「三恵建設」という。)との間で本件建物建築工事請負契約を締結し、本件工事を再開した。ところが同年一〇月一二日、被告らから依頼を受けた沖田元都議、訴外柏木暁、弁護士五十嵐敬喜をはじめ住民約二〇名が本件工場現場の残土運搬用のダンプカーの前に座り込んで本件工事の妨害をし、沖田元都議は日本社会党渋谷総支部書記長等の肩書の入った名刺を示しながら、「工事を続行するとあとでひどい目に会うからすぐ工事を中止せよ。東京都からも中止命令が出ている。」旨虚偽の事実を告げて本件工事の中止を迫った。そして三恵建設側が撤退を要求しても聞き入れられず、怪我人が出かねない危険な状態となったので、三恵建設はやむを得ず同日の工事を中止した。

(四) 昭和四七年一一月一七日、三恵建設がレッカー車使用のバイブロ工法を用いて土留用鋼材抜き取り作業に掛かったところ、被告巻幡茂子及び訴外高橋六郎を先頭に近隣住民約一五名が本件工事現場に立ち入り、「レッカー車の騒音が高い。すぐ中止せよ。さもないと沖田正人、篠崎清一を呼ぶ。」などと主張してレッカー車の作業範囲内に座り込み、本件工事を妨害した。そのため、三恵建設は同日の工事を進行させることが出来なかった。

(五) 昭和四七年一二月五日、被告三名を含む本件建物近隣住民二三名は、東京地方裁判所に対し、亡忠次及び三恵建設を債務者として、本件建物につき建築工事続行禁止の仮処分を申請した。そして同月二五日、右仮処分申請事件の担当裁判官に依頼して、亡忠次ら債務者に対し、同月二六日から翌昭和四八年一月九日まで本件工事を中止するよう強く要請させた。そのため、三恵建設は、右要請を受け入れてやむなく昭和四七年一二月二六日、二七日、二八日の三日間本件工事を中止した。

(六) 翌昭和四八年一月九日、被告らは、本件建物の五階部分に仮枠が組まれたのを見て、右仮処分申請事件の申請の趣旨を、本件建物のうち五階北側一部分の建築工事禁止に変更した。そして同月一一日には本件建物の検証が行われ、担当裁判官及び当事者双方は、本件建物五階部分の木製仮枠が既に組立完了している事実を確認した。右事実を知った被告らは、右五階部分への生コンクリート打込み作業を実力で阻止しようと企て、沖田元都議の指揮の下に、近隣住民及び学生アルバイトら数十名が集まり、沖田元都議が「すぐ工事を中止せよ。」などと怒号するなどし、同日から同月一六日までの間昼夜を問わず本件工事を妨害しようとしたため、三恵建設は、人夫二〇名を本件工事現場に泊り込ませ、妨害行為阻止のため警戒に当たらせた。他方、被告らは、同月一三日、「亡忠次の依頼する三恵建設が急に木製仮枠を組み立て五階の工事に着手した」旨の虚偽の追加疎明資料を裁判所に提出して、三恵建設の右生コンクリート打込み作業を断念させようとした。

(七) 昭和四八年一月一七日、被告巻幡茂子を中心に沖田元都議、篠崎区議、五十嵐弁護士及び近隣住民、学生アルバイトら約六〇名がポンプ車(コンクリート圧送車)をとり囲み、コンクリート圧送用のパイプにぶら下がって、右パイプをリフトで吊を上げる作業を妨害した。また、沖田元都議及び篠崎区議らが、日本社会党の宣伝カーからスピーカーを用いて、「工事をやめろ。すぐ中止せよ。この建物は違法建築だ。」などと怒号し、更に沖田元都議は、「裁判所から中止命令が出た。」などと虚偽の事実を告げるなどした。そのため、三恵建設は同日の生コンクリート打込み作業を行うことができなかった。

(八) 翌一月一八日、被告らを先頭に近隣住民約三〇名が本件工事現場前道路に座り込んで三恵建設の車両の通行を阻止したほか、ポンプ車のラジエーターの止め栓を抜き取ってエンジンがかからなくしたため、三恵建設は同日も生コンクリート打込み作業を行うことができなかった。

(九) 右同日、東京地方裁判所は、被告らの提出した前記虚偽の追加疎明資料に基づき、本件建物五階北側一部分の建築工事禁止及び右部分内に存在する木製仮枠の撤去を命じる仮処分命令を出し、同命令は同月二〇日亡忠次に送達された。亡忠次は、右仮処分命令に従うため、やむなく本件工事を一〇日間中断し、本件建物の一部を設計変更した。

(一〇) 昭和四八年一月三一日、被告らをはじめ近隣住民数十名が本件工事現場に侵入しようとしたため、三恵建設側がこれを阻ししようとしたが、その際住民側に立って本件工事現場に侵入しようとした中野勤が本件工事に従事していた間正忠の肩付近を強く押して鉄骨に激突させる暴行を加え、同人に全治約二週間の頸部捻挫の傷害を負わせた。

(一一) 三恵建設は、右仮処分命令に従って、昭和四八年二月一日から同月五日までの間に本件設計変更部分の解体作業等を行い、更に同月七日から同月一四日まで、右設計変更のために必要となった本件建物一階ないし四階部分の柱の補強工事を行った。そして本件建物は、当初予定の同年三月三一日より大幅に遅れて、同年六月三〇日に完成した。

(一二) 亡忠次は、昭和四八年二月一三日、前記仮処分命令に対し異議申立をしたが、同年一〇月八日右異議申立を取り下げ、同日起訴命令の申立をした。ところが被告らは、右起訴命令に従わずに同月一九日右仮処分申請を取り下げた。

4  被告らの妨害行為の違法性及び被告らの責任

(一) 前記2(一)のとおり、本件建物は近隣の日照、通風等環境事情を害することのないよう十分考慮のうえで計画設計されたもので、建築基準法上の諸規制に適合し適法な建築確認を得たものである。また本件建物建築前本件土地には亡忠次の木造二階建家屋(以下「旧家屋」という。)が巻幡宅敷地との境界からわずか一・一メートルないし一・八メートルの距離をおいて建っており、右旧家屋による巻幡宅への日影と本件建物による巻幡宅への日影とはほぼ同程度であって、本件建物の建築により被告らが日照の点で従前よりも不利益を受けることはなかった。しかも、前記2(一)のとおり、亡忠次は、被告らの利益を慮って、本件建物を右境界から四・五メートルないし五・四メートルも離して建築したため、巻幡宅は以前よりも明朗さを増したものである。従って、本件建物建築は被告らの生活環境に何ら影響を及ぼすものではなく、仮に何らかの影響を及ぼすものであるとしても、それは社会生活上受忍すべき限度の範囲にあるから、被告らが日照権、天空権等の被保全権利を有しないことは明らかである。

(二) 更に亡忠次及び鵬建設関係者は、本件建物建築工事に着手する前、予め被告らを含む本件建物近隣住民に対してその設計計画内容を説明し、被告ら近隣住民の要望を聞き入れ、これを受けて被告らは、前記2(五)のとおり鵬建設及び亡忠次との間で念書を作成し、本件建物の建築に同意する旨の意思表示をしたものである。

(三) しかるに被告らは、権利行使の名の下に亡忠次から和解金その他の経済的利益を得ようと企て、訴外高橋六郎をはじめ近隣住民及び沖田元都議、篠崎区議らと共謀のうえ、前記3(一)ないし(一〇)の妨害行為を行い、亡忠次に対し後記損害を与えた。被告らの前記3(一)ないし(一〇)の各妨害行為は、被告らに日照権、天空権等の法的保護に値する権利、利益が存しないにもかかわらず、亡忠次から和解金等を得る目的から、政治家と共謀し、東京都や裁判所を利用し、或いは自ら実力行使に及んだものであって、いずれも違法なものであること明らかである。また、前記3(五)及び(九)の裁判所の要請及び仮処分命令は、そもそも被告らが被保全権利を有しないにもかかわらずこれがあるかのように装って訴訟詐欺ともいうべき仮処分申請をしたことに基づくものであるのみならず、前記3(一二)のとおり被告らが後日右申請を取り下げたことによって、それ自体、法の規定に基づかぬ違法なものに確定した。従って、被告三名は、亡忠次に対し、民法七〇九条、七一九条に基づき、後記損害を連帯して賠償する責任がある。

5  損害

(一) 前記3(一)の妨害行為による損害

前記3(一)の妨害行為により鵬建設は左記(1)ないし(9)の損害(合計金三四八万七〇〇〇円相当)を被ったところ、亡忠次は、昭和四七年八月三〇日、鵬建設との間で、本件工事に関し将来発生することあるべき工事妨害による損失を亡忠次が負担する旨の契約を締結したので、亡忠次は被告らの前記3(一)の妨害行為により合計金三四八万七〇〇〇円相当の損害を被った。

(1) 昭和四七年八月二九日作業を中止したため空に帰した費用

大型トラック一台 二万円

人夫二名 一万円

重機損料(オペレーター共) 五万七〇〇〇円

経費 一万円

小計 九万七〇〇〇円

(2) 同年八月三〇日作業を中止して重機類を他に回送したため要した費用

トレーラー二台 五万円

ユニック車一台 二万円

レッカー車二台 四万円

大型トラック四台 八万円

人夫五名 二万五〇〇〇円

機械損料一式 五万円

経費 一万円

小計 二七万五〇〇〇円

(3) 同年八月三一日工事を再開しようとしたが、具体的な作業が殆ど出来ず空に帰した費用

トレーラー一台 二万五〇〇〇円

ユニック車一台 二万円

トラック二台 四万円

人夫二名 一万円

経費 一万円

小計 一〇万五〇〇〇円

(4) 同年九月一日作業を中止したため空に帰した費用

トレーラー一台 二万五〇〇〇円

ユニック車一台 二万円

トラック二台 四万円

人夫四名 二万円

損料 五万円

経費 一万円

小計 一六万五〇〇〇円

(5) 同年九月二日作業を中止したため空に帰した費用

人夫四名 二万円

損料 五万円

経費 一万円

小計 八万円

(6) 同年九月三日作業を中止したため空に帰した費用

人夫四名 二万円

損料 五万円

経費 一万円

小計 八万円

(7) 同年九月四日、亡忠次との請負契約解除に伴い重機類を回送するのに要した費用

トレーラー二台 五万円

ユニック車一台 二万円

レッカー車一台 二万円

トラック二台 四万円

人夫四名 二万円

経費 二万円

小計 一七万円

(8) 亡忠次との請負契約解除後同年九月一四日まで鵬建設社員を現場管理のため本件工事現場に常駐させたことにより要した費用

仮設電気設備 二〇万円

仮設給水設備 四万円

雑仮設備 五万円

運搬費 一〇万円

労務管理費 四万円

現場員給料 一七万円

福利厚生費 三万円

通信交通費 四万円

雑費 二万円

本社経費 二〇万円

小計 八九万円

(9) 亡忠次との請負契約解除による鵬建設の逸失利益右請負代金は六五〇〇万円であったところ、鵬建設は純利益を三パーセント程度と見込んでいたので、これを多少割引き二・五パーセントとして計算すれば、鵬建設の逸失利益は一六二万五〇〇〇円になる。

(二) 前記3(三)ないし(一〇)の妨害行為による損害

前記3(三)ないし(一〇)の妨害行為により三恵建設は左記(1)ないし(8)の損害(合計金三九三万円相当)を被ったところ、亡忠次は、昭和四七年九月二九日、三恵建設との間で、本件工事進行上第三者から妨害を受け、そのため同社が損害を被った場合は、亡忠次においてこれを賠償する旨の特約を締結したので、亡忠次は被告らの前記3(三)ないし(一〇)の妨害行為により合計金三九三万円相当の損害を被った。

(1) 前記3(三)の妨害行為のため同年一〇月一二日作業を中止したことにより空に帰した費用

人夫九名 四万五〇〇〇円

ダンプカー五台 五万円

重機一基一式 五万円

小計 一四万五〇〇〇円

(2) 前記3(四)の妨害行為のため同年一一月一七日作業を中止したことにより空に帰した費用

鋼材埋め殺し分 一五万円

部品バイブロその他賃料一式 四万円

レッカー車賃料 五万円

大工七名 三万五〇〇〇円

切断大工四名 二万四〇〇〇円

雑費(社員日当共) 三万円

小計 三二万九〇〇〇円

(3) 前記3(五)の妨害行為のため年末の三日間作業を中止したことにより空に帰した費用

大工延べ一八名 一〇万八〇〇〇円

鳶延べ六名 三万円

鉄筋工延べ九名 五万四〇〇〇円

小計 一九万二〇〇〇円

(4) 前記3(六)の妨害行為を阻止するため昭和四八年一月一一日から同月一六日までの間人夫を本件工事現場に泊り込ませて警戒に当たらせたことにより生じた費用

人夫延べ七〇名現場泊り込み手当 四二万円

右食事代 七万円

フトン代光熱費等雑費 五万円

小計 五四万円

(5) 前記3(七)の妨害行為のため同年一月一七日作業を中止したことにより空に帰した費用

人夫五〇名 二五万円

ポンプ車損料 五万円

生コンクリート返品 一八万円

小計 四八万円

(6) 前記3(八)の妨害行為のため同年一月一八日作業不能となったことにより空に帰した費用及びポンプ車修理に要した費用

人夫二〇名 一〇万円

ポンプ車損料 五万円

生コンクリート返品 一八万円

修理部品代 五万円

右部品を探すための車代 一万円

小計 三九万円

(7) 前記3(九)の妨害行為による損害

(イ) 前記3(九)の仮処分命令に従って本件建物五階一部分を削除するに当たり、一階から四階までの柱を四か所鉄筋補強のうえ、コンクリートで各柱を一〇センチメートル太くする必要が生じ、その作業過程を経る間現場作業を中止せねばならなくなり、そのため昭和四八年一月二〇日から一〇日間空に帰した費用

大工延べ六〇名仕事待ち 三六万円

鉄筋工延べ四〇名仕事待ち 二四万円

配管工延べ二〇名仕事待ち 一二万円

小計 七二万円

(ロ) 前記3(九)の仮処分命令に従って同年二月一日から同月五日まで本件建物五階一部分を削除するために要した費用

大工(変更部分ばらし作業)六名 三万六〇〇〇円

大工(新規建込み作業)一八名 一〇万八〇〇〇円

鉄筋工(変更部分ばらし作業)四名 二万四〇〇〇円

鉄筋工(新規組立作業) 七万二〇〇〇円

型枠材料費 一九万円

鉄筋追加分費用 六万円

水道管配管直し 四万円

サッシ変更に要した費用 五万四〇〇〇円

雑費(片付、釘、金物等) 七万円

小計 六五万四〇〇〇円

(ハ) 前記3(九)の仮処分命令により本件建物一階から四階までの柱の補強が必要となったため、同年二月七日から同月一四日までの間、柱のコンクリートを壊し、中にある鉄筋に増筋分の主鉄筋を溶接してその上に更に鉄筋を巻き込み、型枠で囲んでコンクリートを流し込み、柱の太さを一〇センチメートル増す作業を行ったことにより要した費用

斫り工四名 二万四〇〇〇円

鉄筋工四名 二万四〇〇〇円

溶接工四名 二万四〇〇〇円

大工八名 四万八〇〇〇円

人夫(コンクリート打)四名 二万円

生コンクリート 一万八〇〇〇円

ポンプ車一台 五万円

型枠材料費 六万円

追加鉄筋 四万八〇〇〇円

雑費(片付、釘、金物等) 五万円

小計 三六万六〇〇〇円

以上(イ)(ロ)(ハ)の合計 一七四万円

(8) 前記3(一〇)の妨害行為のため配管工間正忠が負傷したことによる出費

治療費 三万円

休業補償(二週間) 八万四〇〇〇円

小計 一一万四〇〇〇円

(三) 本件建物五階一部分削除による亡忠次の逸失利益

亡忠次は本件建物完成後これを賃料床面積三・三平方メートル当たり一か月五〇〇〇円の割合で賃貸する予定であったところ、前記3(五)及び(九)の妨害行為により床面積一六・五平方メートルを削除したため、右削除部分に相当する賃料(年三〇万円)を得ることができなくなり、本件建物の耐用年数を五〇年としてこれに相応するホフマン係数を乗じて計算すると、亡忠次の逸失利益は金七四一万〇六〇〇円となる。

(四) 工事竣工遅延による亡忠次の逸失利益

亡忠次は本件建物完成後これを賃料床面積三・三平方メートル当たり一か月五〇〇〇円の割合で賃貸する予定であり、賃貸予定床面積は八九九・一九平方メートルであったところ、本件建物建築工事は、前記3(一)及び(二)の妨害行為により三三日、同3(三)の妨害行為により一日、同3(四)の妨害行為により一日、同3(五)の妨害行為により、三日、同3(六)の妨害行為により六日、同3(七)の妨害行為により一日、同3(八)の妨害行為により一日、同3(九)の妨害行為により二三日、合計六九日遅延したため、右工事竣工遅延期間の賃料に相当する逸失利益は少くとも金三〇三万五一〇〇円を下らない。

(五) 慰謝料

被告らの前記各妨害行為により亡忠次は多大の精神的苦痛を受け、これに対する慰謝料は金三〇〇万円が相当である。

(六) 以上(一)ないし(五)の合計金二〇八六万二七〇〇円

6  相続

亡忠次は昭和五七年九月二七日死亡し、同人の妻である原告佐藤昌、同人の子である原告佐藤仁弘、同佐藤和男及び訴外佐藤理人が亡忠次を相続した。更に右訴外佐藤理人は昭和五九年三月二二日死亡し、同訴外人の妻である原告佐藤嶺子、同訴外人の子である原告佐藤乃理及び同佐藤久理が同訴外人を相続した。

7  よって、原告らは、被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告佐藤昌は金一〇四三万一三五〇円、同佐藤仁弘は金三四七万七一一六円、同佐藤和男は金三四七万七一一六円、同佐藤嶺子は金一七三万八五五八円、同佐藤乃理は金八六万九二七九円、同佐藤久理は金八六万九二七九円、及び右各金員に対する不法行為の後である昭和四八年一一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

同1の事実は認める。

2  請求原因2について

(一) 同2(一)のうち、亡忠次が昭和四六年ころからその所有する宅地上に本件建物を建築することを計画したこと、右当時右宅地を含む付近一帯の地域(本件地域)は建築基準法上建ぺい率が七〇パーセント、容積率が四〇〇パーセントであったこと、本件建物は建築面積を二二〇・八六平方メートル、建ぺい率を六一パーセント、階数を五階、床面積を一〇四一・二六平方メートル、容積率を二八八パーセント、その充足率を七二パーセントとして設計されたこと、及び右宅地の南側が幅員八メートルの道路に面していることは認め、その余の事実は否認する。本件建物は当初よりエレベーターのない建物として設計され、七階建とすることは考えられていなかったのみならず、建築基準法上の道路斜線制限や北側隣地からの斜線制限により七階建建物の建築は許されないものであった。また、本件建物の北側敷地を空地としたのは、本件建物にできるだけ日照を与えるべく駐車場の設置を北側にしたからであって、被告らの日照被害を考慮したためではない。

(二) 同2(二)の事実は認める。

(三) 同2(三)のうち、昭和四七年七月一八日亡忠次及び鵬建設関係者が被告らをはじめ近隣居住者方を訪問したこと、同年八月四日被告巻幡茂子ら近隣住民が亡忠次を訪ねたこと、及び同月五日被告巻幡茂子ら近隣住民が亡忠次を訪ねたことは認め、その余の事実は否認する。

(四) 同2(四)のうち、昭和四七年八月二五日に地鎮祭を行い、翌八月二六日に本件建物建築工事に着工した事実は認め、その余の事実は不知。

(五) 同2(五)のうち、地鎮祭の行われた当夜、訴外高橋六郎宅に被告巻幡茂子ら近隣住民が集まり、鵬建設からは大澤設計部長が出席して住民側と鵬建設との間で話し合いが持たれた事実は認め、その余の事実は否認する。原告ら主張の念書は、鵬建設の大澤設計部長の記したメモにすぎず、その内容も、建築工事進行上の被害を最小限にするために建築施行業者の当然払うべき注意事項、あるいは施主又は建築施行業者の工事進行に当たっての一方的希望を記載したもので、本件建物の構造や被告らの日照被害などとは無関係なものであるから、右書面をもって被告らが本件建物建築に同意し、日照、通風、天空等に対する権利、利益を放棄したものということはできない。

3  請求原因3について

(一) 同3(一)の事実は否認する。被告らが沖田元都議又は篠崎区議に原告ら主張のような行為を依頼した事実はない。なお、仮に宇垣部長や竹内係長が原告ら主張のような行為を行ったことがあるとしても、右行為は、日照や建築関係の紛争の調整をその行政活動の一環として行う地方自治体が、その権限に基づいて強制力を伴わぬ行政指導を行ったものであって、何ら違法なものではない。仮に右行為が違法なものであるとしても、その責任は行政指導を行った当該自治体にあるのであって、被告らとは無関係である。

(二) 同3(二)の事実は否認する。被告らが沖田元都議に対し原告ら主張のような行為をするような依頼した事実はない。仮に外形的にみて原告ら主張のような行為があったとしても、その内実は亡忠次と被告ら近隣住民が合意のうえで本件工事を行うよう電話で話したにとどまり、何ら違法なものではない。

(三) 被告らは、はじめ、同3(三)のうち昭和四七年一〇月一二日に被告らが本件工事現場に座り込んだ事実及び同日本件工事が中止された事実を認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、右事実をいずれも否認する。

同3(三)のその余の事実は否認する。

(原告ら)右自白の撤回には異議がある。

(四) 被告らは、はじめ、同3(四)のうち昭和四七年一一月一七日に被告らが本件工事現場に座り込んだ事実及び同日本件工事が中止された事実を認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、右事実をいずれも否認する。同3(三)のその余の事実は否認する。

(原告ら)右自白の撤回には異議がある。

(五) 同3(五)のうち、昭和四七年一二月五日被告三名を含む本件建物近隣住民二三名が東京地方裁判所に対し、亡忠次及び三恵建設を債務者として本件建物につき建築工事続行禁止の仮処分を申請したこと、同月二五日右仮処分申請事件の担当裁判官が亡忠次ら債務者に対し、同月二六日から翌昭和四八年一月九日まで本件工事を中止するよう要請したこと、及び三恵建設が昭和四七年一二月二六日から同月二八日まで三日間本件工事を中止したことは認め、その余の事実は否認する。

(六) 同3(六)のうち、昭和四八年一月九日被告らが仮処分申請事件の申請の趣旨を本件建物五階北側一部分の建築工事禁止に変更したこと、及び同月一一日に検証が行われたことは認め、その余の事実は否認する。右検証当時本件建物五階部分の木製仮枠は未だ組み立てられていなかった。なお仮に原告ら主張の期間三恵建設が人夫を増員した事実があったとしても、それは後記被告らの主張2(五)記載のとおり同社が右木製仮枠を組み立てるべく突貫工事を行ったためである。

(七) 同3(七)の事実は否認する。原告ら主張の日に本件工事現場にいたのは約二、三〇名でその殆どは近隣住民及び報道関係者であった。近隣住民は本件工事現場で工事中止の要望を行ったにすぎず、被告巻幡茂子もその中でビラを配布したにすぎない。

(八) 同3(八)の事実は否認する。

(九) 同3(九)のうち、被告らが虚偽の疎明資料を提出した点は否認し、その余の事実は認める。

(一〇) 同3(一〇)のうち、昭和四八年一月三一日被告らをはじめ近隣住民数十名が本件工事現場に侵入しようとしたとの点は否認し、その余の事実は不知。

(一一) 同3(一一)の事実は不知。

(一二) 同3(一二)の事実は認める。

4  請求原因4について

(一) 同4(一)の事実及び主張は否認ないし争う。

本件建物の日影は、亡忠次の旧家屋の日影に比して影の大きさが明らかに異なり、被告らの住環境は本件建物建築により日照、天空等の点で著しく悪化した。

(二) 同4(二)の事実は否認する。原告ら主張の念書なる書面をもって被告らが本件建物建築に同意し、日照、通風、天空等に対する権利、利益を放棄したものということはできない。

(三) 同4(三)の事実及び主張は否認ないし争う。仮処分異議事件において被告らが仮処分申請を取り下げたからといって、既になされた仮処分命令が違法になる理由は何もない。のみならず被告らが右申請を取り下げなければ右仮処分命令は維持されるべきはずのものであった。

5  請求原因5について

同5(一)ないし(五)の事実は不知。

6  請求原因6について

同6の事実は認める。

三  被告らの主張

1  本件建物建築による被告らの被害

(一) 昭和四八年一一月二〇日から本件土地を含む付近一帯の地域(本件地域)は、容積率が三〇〇パーセントに指定替えされたため、本件建物の充足率は九六パーセントとなって本件建物は建築基準法上限度一杯の建物になった。更に本件建物は、昭和五一年の法改正により創設された建築基準法五六条の二及び同条に基づく東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例(以下「日影規制条例」という。)において定められた基準(平均地盤面からの高さ四メートル、敷地境界線からの水平距離一〇メートル以内の範囲で五時間以上、右高さ四メートル、水平距離一〇メートルを超える範囲で三時間以上の日影を生じさせてはならない。)に違反し、本件建物を右基準に適合させるためには大幅な設計変更を必要とする既存不適格建築物となった。

(二) 本件地域は、本件建物建築当時、用途別にみると専用住宅七三パーセントに対して三階建以上の共同住宅が六パーセント、階層別にみると二階建以下の建物が九三パーセントに対して三階建建物が二パーセント、四階建建物が四パーセント、五階建建物が一パーセントの各比率であって、低層住宅街を形成していた。従って、五階建共同住宅である本件建物は周辺地域の地域性に適合しない建物であった。

(三) 本件建物により巻幡宅及びその敷地は、冬至において、午前一〇時から午後二時までの日照上最も重要な時間帯がほぼ完全に日影におおわれ、右敷地の地面でみて、その面積の約半分が本件建物の日影内にある時間は午前九時過ぎから午後二時過ぎまでの約五時間に及び、本件建物の日影により奪われる日照エネルギーは日影時間零の場合におけるそれの八二・三パーセントにも達し、被告らは本件建物の建築により多大の日照を奪われることになる。更に本件建物の建築により巻幡宅南面で仰ぐ天空は著しく狭まり、採光、通風その他の点でもその生活環境は大いに悪化することになる。

(四) 右(一)ないし(三)のとおり、本件建物は、公法上既存不適格建築物であるうえ、本件地域の地域性に適合しないものであり、右建物建築により被告らの被る日照、通風、天空等の被害は著しく甚大なものとなるから、本件建物による被告らの右被害はいずれも受忍限度を超えるもので、法的保護に値することが明らかである。

2  本件建物建築の経過

(一) 昭和四七年七月一八日、亡忠次は鵬建設関係者とともにはじめて近隣住民に挨拶に回ったが、その時は住民側に対し本件建物に関する図面を見せなかった。そこで住民側二名は同月三〇日亡忠次を訪ねてゆき、始めて本件建物建築の概要を聞いた。

住民側は本件建物が建つと日照等がなくなると思い、亡忠次に対し日照に配慮して欲しい旨頼んだが、同人は建築確認がおりているというだけで一切取り合わなかった。住民側は同年八月四日亡忠次を訪ねたが、不在ということで帰され、翌八月五日再度同人を訪ねたところ、同人は、「僕は企業だ。五階を削ると月三〇万円の減少になる。その分君ら負担するか。僕の家が立派になるのを妬んでいるのだろう。」などと怒鳴りつけ、話し合いにならなかった。そのため住民側は同月二三日東京都に対し、住民との話し合いをしてから本件建物建築工事を行うよう亡忠次らに対する行政指導を要請した。その後同月二五日地鎮祭の行われた日に、訴外高橋六郎宅において鵬建設の大澤設計部長と住民側との話し合いが行われたが、施主である亡忠次の右のような態度もあってか、大澤設計部長は本件建物に関する要望を一切聞き入れず、話し合いは全く進展しなかった。そこで、住民側は、翌八月二六日、東京都及び渋谷区に対し、住民との間で話し合いがついてから工事に着手するよう亡忠次らに対する行政指導を要請した。

(二) 昭和四七年九月九日、山品建設の小林部長が住民側を訪ねて来たことにより、住民側は本件工事の施行業者が交替したことを知った。そこで同月一一日住民側は小林部長に対し、話し合いがつくまで工事を行わないよう要望したが、小林部長はその旨施主に伝えると述べたにとどまり、その後住民側に対し何の返事もなかった。

(三) 昭和四七年九月二二日住民側に再度本件工事の施行業者が交替した旨の連絡が入ったが、その理由は住民側にはわからなかった。同年一〇月五日三恵建設が土地測量を始めたので、住民側がどうしたのかと尋ねたところ、三恵建設の菅原七郎現場主任は、「佐藤氏から住民との話し合いはついていると聞いている。」旨述べるにとどまり、全く住民側の話を聞こうとしなかった。そして同月七日本件工事現場に機重機が入って工事が本格的に開始されたので、同月九日、住民側は本件建物建築の話を知って以来初めて、「環境を守れ」などと記載した立看板を出し、同月一一日東京都に陳情に赴いた。同都首都整備局の宇垣建築指導部長は亡忠次に架電し事情を問い合わせたが、何ら具体的な返答がなく、同都住宅局の山下も同人に対し電話で、住民と話し合いをすること及び日照図を提出すること、の二点を申し入れたが、同人は何ら返答しないまま本件工事を続行した。そこで住民側は直接本件工事現場で話し合いを申し込むことにし、同月一六日、住民数名及び訴外柏木暁、沖田元都議が本件工事現場へ赴き、同日午前中現場事務所内で訴外柏木、同高橋六郎及び沖田元都議が三恵建設専務取締役山本穰と話し合った。しかし話し合いは全くの物別れに終わり、同日午後に本件工事は再開された。

(四) 昭和四七年一〇月一六日以降も、本件工事が進むなかで、住民側は亡忠次との面会を求めたが、同人は一向にこれに取り合おうとしなかった。そして同年一二月に入って本件建物の二階が完成する状態となったので、同月五日、被告ら住民側は本件紛争を裁判で解決するほかないものと考え、弁護士五十嵐敬喜に依頼して東京地方裁判所に対し本件建物につき建築工事続行禁止の仮処分を申請した。右仮処分申請事件において、被告ら住民側は日照被害の程度や地域性の疎明を行い、亡忠次らは本件建物建築についての合意の存在その他の抗弁を提出した。担当裁判官は右合意の存在を確かめるべくその審尋期日において当事者及び東京都日照相談室などから事情聴取を行い、右合意が存在しないことを確かめたうえで実体審理に入った。しかしその間も本件工事は進捗する一方で、本件建物の三階の工事が終了し、四階の工事に進んでゆくという状態になったので、同月二五日担当裁判官は、丁度年の暮れから新年にかかるところでもあり、また、それ以降の工事の続行は審理に支障を来たすことから、亡忠次らに対し任意に同月二六日から翌昭和四八年一月九日まで本件工事を中止するよう勧告した。しかし亡忠次らは右勧告を聞き入れず、昭和四七年一二月二六日から同月二八日まで三日間工事を中止したにとどまり、翌昭和四八年の正月早々から工事を再開した。

(五) 昭和四八年一月一一日本件建物の検証が行われたが、その時点では後に設計変更の対象となった本件建物五階部分の木製仮枠はまだ存在していなかった。同月一二日担当裁判官は右検証の結果に基づいて亡忠次らに対し本件建物五階一部分の設計変更をするよう勧告し、同人らは被告らに対し右設計変更を考慮する旨言明した。ところが亡忠次らは同月一四日右木製仮枠の工事にとりかかり、一四日及び一五日休日を返上して突貫工事を行った。この間被告ら住民側は三恵建設及び亡忠次代理人弁護士に対し、右工事を中止するよう、設計変更の内容を明らかにするよう、更にはせめて設計変更をする部分だけの工事を中止するよう、再三にわたって要請したが、同訴外人側は言を左右にして聞き入れなかった。そこで被告ら住民側は、亡忠次らが右木製仮枠の工事に着手した状況を写真撮影してこれを疎明資料として裁判所に提出し、担当裁判官は右疎明資料をみて同月一六日急拠双方審尋を行った。その席上担当裁判官は亡忠次らに対し、後に仮処分命令の対象となった本件建物五階北側一部分の工事中止を勧告するとともに同人の代理人に対し本件仮処分命令を出す旨告知し、他方被告らに対しても保証金三〇〇万円の供託を条件に右仮処分命令を出す旨告知した。

(六) ところが昭和四八年一月一七日、亡忠次らは、五階部分に生コンクリートを打ち込んで事実上仮処分命令を出せない状態にしようとして、本件工事現場にポンプ車を搬入しようとしたので、住民側は右コンクリートの打込み作業を阻止すべく、本件工事現場において三恵建設側に対し右工事を中止するよう強く要請し、被告巻幡茂子はその旨のビラを配布した。亡忠次らは翌一月一八日も本件工事現場にポンプ車及びミキサー車を搬入したが、被告らは同日本件仮処分命令の正本を受領し、これを同人の代理人に示したので、本件工事は正式に中止された。

3  被告らの行為の正当性

右1及び2記載のとおり、本件建物建築によって被告らの被る日照、通風、天空等の被害は甚大で、法的保護に値するものであり、被告らは施主である亡忠次に対して右被害を防止する措置を請求しうる法的権利を有していた。しかるに施主の亡忠次は、予め本件建物の建築確認を得る前に近隣住民に右建物の概要を説明し、その意向を聞き入れて一部設計変更を行うなど、近隣住民の住環境に配慮することを一切せず、工事による迷惑については近隣住民に挨拶をする程度で済むものと考え、建築確認を得て工事施行業者と請負契約を締結した段階で初めて近隣住民に対し挨拶回りを行った。そしてその後は、建築確認を得た以上本件建物を建築するのは当然の権利行使であるとの態度を貫き、住民側の要望に一切耳を貸そうとせず、住民側に本件建物の日影図を示したり住民側との話し合いに応じたりすることもなく、一方的に工事を強行した。また、工事施行業者も、施主の右のような態度を受けて、ただ住民側の意見を施主に伝えるという消極的態度を貫き、事態の打開について何ら積極的な態度をとらなかった。以上のような状況のもとにおいて住民側のとった行動をみると、

(一) 右2(一)記載の、東京都及び渋谷区に対する行政指導の要請は、自治体自身日照や建築紛争の解決をその当然の義務又は政策と考えて日照相談室等を設置していることから明らかなとおり、住民の当然の権利行使であって、何ら違法なものではない。

(二) 右2(三)記載の、住民側が昭和四七年一〇月一六日本件工事現場で行った行為は、住民との話し合いを無視して本件工事を始めた亡忠次に対し、被告ら住民側が話し合いのうえで工事をするよう申し入れに行っただけのことであり、その話し合いが本件現場内に立ち入って行われたとしても、道路の交通状況や亡忠次側の対応等の事情に照らせば、何ら違法なものとはいえない。

(三) 右2(四)記載の仮処分申請は被告らの当然の権利行使であり、また、担当裁判官の工事中止勧告も、右申請事件の話し合いによる解決を任意に勧告したものにとどまり何ら違法なものではない。

(四) 同2(六)記載の、住民側の昭和四八年一月一七日の行為は、亡忠次側が、裁判所及び住民側の要請を無視するのみならず、裁判所及び住民に対する約束を無視してまで工事を強行することにより本件仮処分命令の実効性を失わせようとしたことに対抗する形でなされたものであり、かかる場合住民側がある程度強い形で工事中止を要請することは当然であって何ら違法なものではない。また右の観点からすれば、同日ビラを配布した被告巻幡茂子の行為もおよそ違法なものとはいえない。

以上のとおり住民側の行為はいずれも違法性を欠くことが明らかである。のみならず、被告巻幡俊毅及び国巻幡忍は亡忠次との間の本件紛争には全く関与しておらず、被告巻幡茂子も未亡人でかつ老齢ということもあって、本件紛争においてはビラを配布した程度にとどまり、これに積極的に関与したものでは決してないから、被告三名が原告らに対し不法行為責任を負う理由は全くない。

四  被告らの主張に対する認否

被告らの主張はいずれも争う。

第三証拠《省略》

理由

第一当事者及び相続関係

請求原因1(当事者)及び6(相続)の事実は当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、巻幡宅は東西二棟の建物から成り、そのうち東側の建物は二階建共同住宅であること、昭和四七年当時以来右西側建物に長男である被告巻幡俊毅、同忍夫妻が居住し、右東側共同住宅の一階に被告巻幡茂子が居住しており、右共同住宅の二階は他人に賃貸していること、及び被告巻幡茂子は昭和三六年に夫と死別したが、昭和四七年当時被告俊毅夫婦は結婚したばかりでかつ仕事を持っていたため、巻幡家の近隣との交際等は主に被告巻幡茂子が行っていたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

第二本件建物の建築計画及び近隣住民の対応

一  本件建物の建築計画

《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  亡忠次は本件土地上に木造二階建家屋(旧家屋)を所有していたが、昭和四六年ころから右旧家屋を取り壊して本件建物を新築することを計画した(以上の事実のうち、亡忠次が昭和四六年ころから本件建物の建築を計画した事実は、当事者間に争いがない。)。

2  昭和四七年当時本件土地を含む付近一帯の地域(本件地域)は都市計画上住居地域、準防火地域、第四種容積地区に指定され、建ぺい率が七〇パーセント、容積率が四〇〇パーセントであった。また、右当時本件地域は、用途別にみると専用住宅が多く、階層別にみると二階建以下の建物がその大部分を占めており、本件土地の周辺は、渋谷区恵比寿南二丁目九番地付近(本件建物の西南方向)に六階建の建物が、同二一番地付近(本件建物の西北方向)に四階建の建物が、また同二四番地北側(本件建物の北方向)に四階建の建物が、それぞれ建築中であった以外は、一階ないし二階建の建物が建ち並ぶ住宅街であった(以上の事実のうち、本件地域は昭和四七年当時建ぺい率が七〇パーセント、容積率が四〇〇パーセントであった事実は、当事者間に争いがない。)。

3  右の建築規制の下で、本件土地には七階建の建物を建築することも計数上は可能であったが、亡忠次は、六、七階については床面積を多くとれず採算上不利益であること及び近隣への影響について配慮が望ましい旨鵬建設の担当者から指摘を受け、本件建物を五階建、エレベーターなし、建築面積二二〇・八六平方メートル、建ぺい率六一パーセント、延べ建築面積一〇四一・二六平方メートル、容積率二八八パーセント、その充足率七二パーセントとして設計した。そして、巻幡宅敷地との境界から約四・五五メートル離してその間の敷地を空地とし、幅員八メートルの道路に面した南側部分には殆ど余裕をおかない建物配置とし、また、道路に面した南側及び西側については、本件建物の五階部分をセットバックする設計にした(以上の事実のうち本件建物が五階建、建築面積二二〇・八六平方メートル、建ぺい率六一パーセント、延べ建築面積一〇四一・二六平方メトトル、容積率二八八パーセント、その充足率七二パーセントとして設計された事実及び本件土地の南側が幅員八メートルの道路に面している事実は、当事者間に争いがない。)。

4  亡忠次は、昭和四七年七月七日、本件建物について渋谷区建築主事の建築確認を得、同月一八日、鵬建設との間において、同年八月二六日着工、翌昭和四八年三月三一日完成の予定で本件建物建築工事請負契約を締結した(以上の事実は当事者間に争いがない。)。

5  当時東京都には、居住水準の向上及び良好な住環境の形成を目的として、賃貸用住宅の建設に必要な銀行の融資を希望する者のために、都が銀行を斡旋し、銀行が斡旋を受けた者に融資を行う、住宅建設資金融資斡旋制度が設けられ、東京都(住宅局指導部貸付課)が被斡旋者を決定するとともに、利用者の負担を軽減し融資斡旋の円滑化を図るため融資銀行に対し利子補給を行い、都から斡旋を受けた利用者は銀行と融資契約を締結し、必要な手続を終えたのちに銀行から融資を受ける手続になっていた。亡忠次は、本件建物建築に当たって右融資斡旋制度の利用を考え、本件建物の設計段階から東京都住宅局指導部貸付課の指導を受け、昭和四七年八月一九日東京都に対し融資斡旋を申し込み、同月二二日融資銀行を株式会社三菱銀行(恵比寿支店扱い)として同銀行と住宅建設資金借入に関する契約を締結した。なお、東京都は同年一二月一日融資斡旋を決定し、同月二日付で亡忠次に通知した。

二  本件建物建築計画に対する近隣住民の対応

《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  亡忠次は、鵬建設と前記請負契約を締結した当日の昭和四七年七月一八日、同社代表取締役社長荒木政雄及び同社取締役設計部長大澤冨治雄とともに巻幡宅をはじめ本件建物近隣の居住者宅を訪問し、本件建物の建築工事に着手する旨挨拶をして回ったところ、近隣住民の側から建物の内容についてゆっくり説明を受けたいとの希望が出された。そこで同日夜訴外高橋六郎宅(本件土地の西側道路向い側に居住。)に、同人をはじめ被告巻幡茂子、訴外田中きくゑ(本件土地の北西側で右高橋宅の北側に居住。)、同沼田和子(本件土地の西側で右高橋宅の南側に居住。)、同兼村ヒサ(本件土地の南側道路向い側に居住。)及び織田一(巻幡宅の北側に居住。)が集まり、鵬建設の側から荒木社長及び大澤設計部長が出席し、本件建物の配置図、平面図、立面図等の設計図を示して(日影図は持参しなかった。)本件建物の概要を説明した。住民側はこれを聞いて日照の点に不安を抱き、その旨鵬建設側に話したところ、鵬建設側は、施主に対し一応日照その他のことについて話をしてみる旨答えたが、住民側は、施主からもっと詳しい説明を聞く必要があるものと考え、亡忠次と直接話をすることにした(以上の事実のうち、昭和四七年七月一八日亡忠次及び鵬建設関係者が巻幡宅をはじめ近隣居住者宅を訪問した事実は、当事者間に争いがない。)。

2  同年七月一九日亡忠次は旧家屋から仮住まいのアパートへ引越し、同日から旧家屋の解体工事に着手した。同月三一日、被告巻幡茂子及び訴外高橋六郎は亡忠次を右仮住まいに訪ね、日照に配慮して欲しい旨申し入れたが、亡忠次は、本件建物の建築計画では、建ぺい率七割のところ六割程度にしか建てないこと、被告巻幡宅との境界から約三間も離して建てること、高橋宅の側についても本件建物の上層部をセットバックするなど近隣に配慮している旨を説明したにとどまった。同年八月四日には被告巻幡茂子、訴外高橋六郎、同織田一らが亡忠次の右仮住まいを訪ねたが、不在のため同人と会うことができず、亡忠次の妻である原告佐藤昌に対し、五階建を四階建にしてほしいなどと要望を伝えて帰った。翌八月五日、被告巻幡茂子、訴外高橋六郎及び同兼村ヒサらが再度右仮住まいを訪ね、亡忠次に対し、本件建物をぜひ五階建から四階建にして近隣に圧迫感を与えないようにしてほしい旨申し入れたのに対し、亡忠次は、建ぺい率内の建築であり、北側を巻幡宅との境界から三間も空け、西側高橋宅に対しても斜線の配慮をし、工事についても余分の経費をかけて穴掘り工法をとるようにしたなど前同様の説明を繰り返し、七階建の設計をしたが、むしろ近隣への配慮から五階建にしたものでもし四階建にすると室数が少なくなり借金の返済ができないとして右の申し入れを拒絶し、日照問題に関する限り、およそ住民らの要望を聞き入れる余地はないとの態度を示した(なお、同日の話し合いの終りに、住民らのリーダー格の訴外高橋六郎から、いずれ自分一人で話しに来たい旨の話があり、後日住民らから鵬建設の大澤設計部長を通じて、後記沖田元都議を中に入れて亡忠次と話し合いたい旨の申し入れがあったが、亡忠次はこれに応ずる意思のないこと、及び、話があるならば、町内の朝比奈弁護士(後の仮処分事件における亡忠次の代理人)と話し合ってもらいたい旨大澤設計部長に伝えた。)(以上の事実のうち、同年八月四日被告巻幡茂子ら近隣住民が亡忠次を訪ねた事実及び同月五日被告巻幡茂子ら近隣住民が亡忠次を訪ねた事実は、当事者間に争いがない。)。

3  同年八月一三日旧家屋の解体工事が完了したので、続けて工事用仮設事務所の組立等の準備作業を行ったうえ、同月二五日地鎮祭を行った。同夜、訴外高橋六郎宅に同訴外人をはじめ被告巻幡茂子、訴外沼田和子、同田中きくゑ、同兼村ヒサ及び同織田一らが集まり、鵬建設側から大澤設計部長及び同社現場主任迫田建男が出席して住民側と工事施工業者との話し合いが持たれた。大澤設計部長は、作業期間、作業時間、工事自体による建物損傷の補償、工事現場の安全管理及び騒音規制等本件工事施行に当たっての鵬建設側の遵守事項を記載したメモを読み上げて住民側に同意を求め、その旨の念書を作成するよう求めたところ、住民側は、工事施工上の遵守事項については特段の注文はなかったものの、被告巻幡茂子及び訴外高橋六郎らから、日照に対する配慮や目隠しの設置等本件建物の設計自体についての要望が出された。大澤設計部長は同日の話し合いの場にも日影図を持参せず、また、建物の設計変更については工事施行業者側では一切できないとして取り合わなかったため、住民側は、業者相手では埓があかないものと考え、大澤設計部長に対し、施主の亡忠次と直接会って話をしたい意向である旨同人に伝えるよう依頼した。大澤設計部長はこれを亡忠次に伝えるとともに、いずれ住民と個別に取り交すべき本件工事についての業者側の遵守事項を記載した念書の原稿(以下「本件念書」という。)を作成し、また当日住民側から出された要望事項を右原稿の末尾にまとめて記載した(以上の事実のうち、同月二五日に地鎮祭を行った事実及び同夜訴外高橋六郎宅に被告巻幡茂子ら近隣住民が集まり、鵬建設から大澤設計部長が出席して住民側と鵬建設との間で話し合いが持たれた事実は、当事者間に争いがない。なお、本件念書の持つ意味については後記第四の二において述べる。)。

第三本件建物建築工事の経過及び近隣住民の対応

一  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

1  鵬建設は、地鎮祭を行った翌日の昭和四七年八月二六日から本件建物建築工事に着工し、同日基礎工事用の重機を本件工事現場に搬入し、翌二七日には鋼材を取り寄せ、同月二八日から基礎の穴掘り工事を始めた。これを見た近隣住民は、それまでの業者や施主との交渉では埓があかないため、日本社会党員で元東京都議会議員の沖田正人(沖田元都議)に対し、本件工事を中止し、本件建物の階数を減らすなど近隣住民の日照が確保されるよう施主及び工事施行業者と話をつけてほしい旨依頼した。そして同月二九日、被告巻幡茂子、訴外織田一ら近隣住民は、本件工事を中止させるべく沖田元都議とともに東京都都民室(日照相談室。以下「日照相談室」という。)へ陳情に赴いた。沖田元都議は、東京都首都整備局建築指導部長宇垣成夫に対し、同部長から鵬建設に対し工事を中止して日照相談室へ出頭するよう要請してほしい旨依頼するとともに、同都住宅局貸付課の竹内係長に対し、本件建物の建築費用の融資先である前記三菱銀行恵比寿支店を通じて亡忠次に対し日照相談室へ出頭するよう要請し、更に同銀行に対し住民との話し合いがつくまで同人に対する貸付契約を見合わせるよう指示してほしい旨依頼した。宇垣建築指導部長はこれを受けて、同日夕刻鵬建設本社及び本件工事現場に架電し、「付近の人達との話し合いがつくまで工事を中止し、明朝都庁日照相談室に出頭するように。」と申し渡した。また、竹内係長も同日三菱銀行本店に対し沖田元都議の右依頼どおりの内容の電話をし、本店からの連絡を受けた同銀行恵比寿支店は同日亡忠次に架電して、「本店からの電話だが、東京都住宅局貸付課が言うには、明朝都庁日照相談室に出頭するようにとのことで、住民との話し合いがつくまで一時貸付を見合わせるようにと言ってきております。」旨伝えた。そこで鵬建設では本件工事現場の作業を中止し、翌三〇日、大澤設計部長及び亡忠次が東京都日照相談室へ出頭した。大澤設計部長は、宇垣建築指導部長に対し、前記第二の二の3の念書の原稿(本件念書)を示して、本件工事については既に近隣住民と右念書の内容どおり話し合い済みであると説明したため、宇垣建築指導部長は、二、三箇所電話連絡をしたのち、大澤設計部長らに対し、工事を進めてもよい旨申し渡した。そこで鵬建設は本件工事を再開したが、今後も住民との紛争で同社が損害を被ることがあるものと予測し、同日、亡忠次との間において、本件工事進行上第三者から不法な妨害を受け同社が損害を被った場合は同人が右損害を填補する旨の特約を締結した(以上の事実のうち、鵬建設が地鎮祭を行った日の翌日の昭和四七年八月二六日から本件建物建築工事に着工した事実は、当事者間に争いがない。また、原告らは、宇垣建築指導部長が同月三〇目被告巻幡茂子及び訴外高橋六郎に架電して本件念書の記載どおりの合意ができていることを確認した旨主張するが、右主張事実を認めるに足りないことは後記三1において判示するとおりである。)。

2  同年九月一日ころ、沖田元都議から鵬建設に対し、電話で、「このまま工事を継続すれば東京都の指名業者から外す。」とか、亡忠次に対する都の融資斡旋制度に基づく融資の実行を大幅に遅らせるとかの意向が伝えられた。鵬建設は当時東京都の指名業者に入っていたため、このままでは現実に指名を外されることもありうるし、工事代金の受領にも支障が出るものと考え、同月三日、亡忠次との間で本件工事請負契約を合意解除した。なお、亡忠次は、鵬建設に対し、同年九月末か一〇月末ころ、右契約解除に基づく出来高清算として設計料、解体工事費、仮設事務所設置費用及び杭打ち工事費等約三〇〇万円を支払った(原告らは、右当時沖田元都議及び篠崎区議らが連日に亘り日本社会党の広報車を使用し、佐藤ビル建築反対のためのビラまき及びビラ張りを行い、亡忠次の本件建物建築が違法であるかの如く糾弾した旨主張するが、右時点での右主張事実を認めるに足りる証拠はない。)。

3  亡忠次は、同年九月六日、山品建設に対し本件建物建築工事を請け負うよう依頼し、同社工事部長小林公司は、同月九日ころ近隣住民に挨拶回りを行った。ところが同月一一日沖田元都議は山品建設へ架電し、「隣近所の人と話し合いをしてから工事に着工してほしい。そうでない場合は都の住宅局へ手配して工事中止処分をさせる。」旨申し向けた。そして同日再度山品建設に架電し、近所との話し合いが今夜あるので出席して欲しい旨伝えた。そこで小林部長は同日夜訴外高橋六郎宅へ赴いたところ、同訴外人宅には訴外織田一ら近隣住民及び渋谷区議会議員篠崎清一(篠崎区議)が集まっており、住民側は小林部長に対し、本件建物建築について、施主との間で協議ができていない事情を説明し、話がつくまで工事を行わないよう申し入れた。小林部長は住民側の要望を亡忠次に伝えたうえで返事をする旨申し述べてその場を離れたが、後に訴外高橋宅へ今少し返事を待ってくれるよう架電したところ、沖田元都議が電話に出て、「山品建設があくまで強行するなら、今日住宅局財務の村田と会ってきたが、住宅局長に話をつけて以後山品建設を住宅局の指名から外すようにするから、よく考えなさい。」と申し向けた。当時山品建設は東京都の指名業者で、その業務の約四割が東京都(住宅局)をはじめ官公庁関係の仕事であったため、同社は本件工事を請け負うことによって住宅局をはじめ官公庁関係の業務に支障があっては困るものと考え、同月一四日ころ亡忠次に対し本件工事請負契約の締結を辞退した。

4  亡忠次はその後も近隣住民との話し合いをしないまま、三恵建設に対し、「もうこの建物を建設してもらえる業者は東京中を探しても見当たらないだろう。こうなったら事情を知った地元業者に是非頼む。」として本件工事を請け負うよう依頼した。そして同社に対し、鵬建設及び山品建設が本件工事をとりやめた事情を話したうえで、同年九月二九日同社との間で本件建物建築工事請負契約を締結し、同時に、本件工事進行上第三者から不法な妨害を受け同社が損害を被った場合は同人が右損害を填補する旨の特約を締結した。三恵建設は工事着工準備を行うとともに、同社現場主任の菅原七郎が被告ら近隣住民に対し挨拶回りをし、同年一〇月六日訴外高橋六郎宅において篠崎区議を加えて訴外織田一ら近隣住民と話し合った。住民側は日照について施主との間で話がついていないから工事をされては困る旨話したが、菅原主住は、自分達は施主から頼まれればやるだけである旨述べて突っ張ね、住民側に対して作業時間や騒音規制等工事施行に当たり業者側が遵守すべき事項について住民側との間で念書を作成するよう求めた。そして同月九日ころ三恵建設は工事に着工したので、住民側は繰り返し同社に工事中止を申し入れるとともに、訴外沼田宅付近に「環境を破壊するな」「天空を奪わないで」等記載した立看板を出した。

5  同年一〇月一二日ころ、住民側は直接本件工事現場へ赴いて工事中止を要請することにし、被告巻幡茂子、訴外高橋六郎、同沼田和子、同田中きくゑ、同兼村ヒサ、同織田一ら近隣住民約一〇名及び沖田元都議、篠崎区議、並びに沖田元都議の紹介で参加した訴外柏木暁(当時都市住民の日照権を要求して首都圏住民で結成された建築公害対策市民連合の事務局長)が、杭打ち工事をしていた本件工事現場内に立ち入り、菅原主任に対し、施主とまだ話がついていないから工事を続けては困る旨申し入れた。菅原主任は、施主と話がついているのだから作業をやめる訳にはいかないと抵抗したが、沖田元都議は、菅原主任に対し、日本社会党渋谷総支部書記長等の肩書の入った名刺を示しながら、「工事を続行すると後でひどい目に遭うからすぐ工事を中止せよ。東京都からも中止命令が出ている。今すぐ中止せよ。」と申し向けて本件工事の中止を強く迫ったので、菅原主任はやむなく同日の作業を中止した。その後住民側は、沖田元都議とともに東京都日照相談室へ赴き、沖田元都議から都に対し、亡忠次に対し住民との話し合いに応ずるよう要請して欲しい旨依頼した。しかし、その翌日から本件工事は再開され、亡忠次からは住民側に対し話し合いに応ずる旨の申し出は一切なかった(原告らは、弁護士五十嵐敬喜が本件工事現場における右話し合いの場に居合わせた旨及び住民側がその際本件工事現場の残土運搬用のダンプカーの前に座り込んだ旨主張するが、右主張事実を認めるに足りないことは後記三2において判示するとおりである。)。

6  その後三恵建設は工事を進行させ、同年一一月一七日ころ基礎工事が終了したので土留用鋼材の抜き取り作業に掛かり、レッカー車使用のバイブロ工法を用いて右作業を始めたところ、被告巻幡茂子及び訴外高橋六郎ら近隣住民が本件工事現場内に立ち入り、「レッカー車の騒音が高いのですぐ中止せよ。さもないと沖田、篠崎を呼ぶ。」旨申し入れたので、三恵建設は右作業を中止し、右土留用鋼材はそのまま埋め殺しの状態となった(原告らは同月一七日被告巻幡ら近隣住民がレッカー車の作業範囲内に座り込んだ旨主張するが、右主張事実を認めるに足りないことは後記三3において判示するとおりである。)。

7  三恵建設はその後も本件工事を続行し、同年一二月に入って本件建物の三階付近まで工事が進んだので、住民側はもはや、話し合いは無理と判断し、裁判によって解決を図ろうと考え、沖田元都議及び訴外柏木暁の紹介で弁護士五十嵐敬喜に対し本件建物についての建築工事続行禁止の仮処分申請を依頼した。そして同月五日、被告三名並びに訴外高橋六郎、同沼田和子、同田中きくゑ、同兼村ヒサ、同織田一及びその家族ら近隣住民を併せて七世帯合計二三名が債権者となり、亡忠次及び三恵建設を債務者として、東京地方裁判所に対し本件建物につき建築工事続行禁止の仮処分を申請した。右申請後も本件工事は進められ、三階部分まで完成する状態となったので、同月二五日の右申請事件の審尋期日において、担当裁判官は、出頭した亡忠次及び三恵建設の山本専務らに対し、年の暮れでもあり、また、四階及び五階についての設計変更の要否を決定する前に建物が完成した場合には後に設計変更部分を撤去せざるをえなくなることもあるので、同月二六日から次回審尋期日である翌昭和四八年一月九日まで本件工事を中止するよう勧告した。三恵建設は右勧告を受けて昭和四七年一二月二六日から同月二八日までの三日間本件工事を中止した(以上の事実のうち、昭和四七年一二月五日被告三名を含む近隣住民二三名が債権者となり亡忠次及び三恵建設を債務者として本件建物につき建築工事続行禁止の仮処分を申請した事実、同月二五日右仮処分申請事件の担当裁判官が亡忠次ら債務者側に対し同月二六日から翌昭和四八年一月九日まで本件工事を中止するよう勧告した事実、及び三恵建設が昭和四七年一二月二六日から同月二八日まで本件工事を中止した事実は、当事者間に争いがない。)。

8  三恵建設は、昭和四八年一月六日ころ本件工事を再開し、四階以上の部分の工事を進めたので、同月九日、被告ら仮処分債権者は、右仮処分申請事件の申請の趣旨を、本件建物五階北側一部分の建築工事禁止に変更した。そして同月一一日には本件建物の検証が行われ、担当裁判官は、当事者とともに当時四階部分まで出来ていた本件建物に登ってこれを見分したほか、巻幡宅をも見分した。翌同月一二日の審尋期日において、担当裁判官は、右検証の結果に基づき、出頭した亡忠次及び山本専務、朝比奈弁護士ら債務者側に対し、五階北側一部分の設計変更を行うよう勧告した。債務者側は、右設計変更を考慮する旨債権者らに言明し、担当裁判官は債務者らが右設計変更に要する日時を考慮して次回の審尋期日を同月二二日に指定した(以上の事実のうち、同年一月九日被告ら仮処分債権者が本件仮処分申請事件の申請の趣旨を本件建物五階北側一部分の建築工事禁止に変更した事実及び同月一一日に現場検証が行われた事実は、当事者間に争いがない。)。

9  ところが三恵建設は、翌一月一三日から本件建物五階部分の建築工事を始め、同月一四日、一五日の日曜、休日にも突貫工事を行い、同月一六日には裁判所の勧告にかかる前記設計変更部分をも含めて五階部分の木製仮枠の組み立てを完了し、生コンクリート打込み作業にかかれる状態になった。この間被告巻幡茂子をはじめ近隣住民は、連日徹夜で工事の進行を見張ったほか、施主及び業者側に対し、再三にわたって、工事を中止するよう、又は設計変更の内容を明らかにするよう、更にはせめて設計変更をする部分だけの工事を中止するよう強く要請したが、亡忠次らは聞き入れなかった。

同月一六日被告ら仮処分債権者は、本件建物五階部分に木製仮枠が組み立てられた状況を写真に撮影し、これを裁判所に提出した。同日午後四時裁判所は急拠審尋期日を開き、債権者側に対し被告三名を除くその余の債権者につき申請を取り下げるよう勧告するとともに、双方に対し、保証金三〇〇万円の供託を条件に本件建物五階北側一部分(以下「本件設計変更部分」という。)の建築工事禁止及び右部分内に存在する木製仮枠撤去の仮処分命令を出す旨を告げた。

10  三恵建設は、同年一月一七日に右木製仮枠への生コンクリート打込作業を行うことにし、同月一六日ころ渋谷警察署長に対しポンプ車(コンクリート圧送車)の路上駐車のための許可を申請した。これに対し住民側は、渋谷警察署に対しポンプ車の路上駐車のための許可を出さないよう繰り返し陳情したが、同署長は同月一六日、翌一七日付で右許可を出した。これを知った住民側は、右作業を実力ででも阻止しようと考え、同日夜徹夜で見張りをし、三恵建設側も人夫を倍増し、約二〇名を現場に泊り込ませて工事に備えさせた。翌一七日午前六時ころ、ポンプ車が本件工事現場に到着すると、訴外高橋六郎、同織田一ら近隣住民及び篠崎区議、沖田元都議、訴外柏木暁並びに篠崎区議関係の日通労組員ら約三〇名がポンプ車を取り囲んで工事の中止を迫った。そして三恵建設側がコンクリート圧送用のパイプをリフトで吊り上げたところ、住民側約二〇名が右パイプにぶら下がって、右吊り上げ作業を阻止した。他方、本件工事現場に日本社会党の広報車が出て、沖田元都議及び篠崎区議らがスピーカーを用いて、「工事をやめろ。すぐ中止せよ。この建物は違法建築だ。」などと叫んだ。そして沖田元都議が出て来て、業者側に対し、「裁判所から中止命令が出たのですぐ中止せよ。」、「俺をどこの誰だと思っているのだ。」などと語気強く申し向けた。当日本件工事現場には渋谷警察署員が居合わせたが、同署員が間に入って、住民側の五十嵐弁護士及び篠崎区議らと、業者側の菅原主任らとの間で話し合いに入った。住民側は、これから三〇〇万円を供託しに行くところであり、明日仮処分命令が出るのだから、コンクリート打込み作業を中止するよう申し入れたのに対し、業者側は、裁判所の正式な決定書が出るまで中止する訳にはゆかず、予定通り作業を行う旨突っ張ねた。しかし住民側が工事を阻止する構えをみせたため、三恵建設は同日の作業を中断し、その後本件工事現場では住民側と業者側との間でにらみ合いの状態が続いた。他方被告巻幡茂子は、同日、本件工事現場付近において、日照被害を訴えるため、沖田元都議の関係者が作成したビラを配布していたが、丁度現場を通りかかった鵬建設の大澤設計部長に対し、気が動転した様子で「どうしたらいいんでしょうね。」などと話しかけた。

11  同年一月一七日、被告三名は保証金三〇〇万円の供託手続を行うとともに、仮処分債務者側に対し再度工事中止を申し入れた。ところが三恵建設は、翌一月一八日も生コンクリート打込み作業を行おうとし、ポンプ車及びミキサー車を本件工事現場へ搬入しようとした。住民側約三〇名は、ポンプ車が本件工事現場へ近付こうとすると、その前に飛び出して、工事を中止して引き返すよう迫り、本件工事現場への接近を阻止した。そして住民側の誰かが、付近の路上に駐車した右ポンプ車のラジエーターの止め栓を抜き取ってエンジンが掛からない状態にした(原告らは一月一八日住民側が本件工事現場前道路に座り込んだ旨主張するが、右主張事実を認めるに足りないことは後記三6において判示するとおりである。また同日被告らが住民側の先頭に立って行動した事実を認めるに足りる証拠はない。)。

12  同年一月一八日東京地方裁判所は本件建物五階北側一部分(本件設計変更部分)の建築工事を禁止し、右部分内に存在する木製仮枠を送達後五日以内に撤去するよう命じる仮処分命令(以下「本件仮処分」という。)を出し、同命令は同日被告らに、同月二〇日亡忠次ら債務者側に送達された。同月一八日被告ら住民側は右仮処分命令の送達を受けて債務者側代理人に対し工事中止を申し入れ、三恵建設は、同日から生コンクリート打込み作業を中断し、右仮処分命令の送達された同月二〇日からすべての工事を中止した(以上の事実のうち、同月一八日東京地方裁判所が本件建物五階北側一部分の建築工事禁止及び右部分内に存在する木製仮枠の撤去を命じる仮処分命令を出し、同命令が同月二〇日亡忠次に送達された事実は、当事者間に争いがない。)。

13  三恵建設は同年一月二〇日から一〇日間本件工事を中断し、本件仮処分により命ぜられた部分の設計変更を行うとともに、同月三一日までに本件設計変更部分内に存在する木製仮枠を撤去した。同月三一日、被告巻幡茂子、訴外高橋六郎ら近隣住民、篠崎区議、建築公害反対市民連合関係者ら約三〇名が本件工事現場に集まり、被告巻幡茂子ら住民代表が木製仮枠の撤去を確認するため三恵建設側に対し本件建物内への立ち入り検査を申し入れ、これを阻止しようとする現場作業員との間で押し合いとなった。その際、沖田元都議の関係者で住民側に立って行動した訴外中野勤が、本件工事に従事していた配管工の訴外間正忠の肩付近を強く押して鉄骨に激突させる暴行を加え、同訴外人に全治約二週間を要する頸部捻挫の傷害を負わせた。結局業者側は立ち入りを認め、被告巻幡茂子ら住民代表は本件建物に登って右木製仮枠の撤去を確認した(以上の事実のうち、三恵建設側が同月二〇日から一〇日間本件工事を中断した事実は、当事者間に争いがない。)。

14  三恵建設は、本件仮処分命令に従って本件建物五階部分を解体したうえ新しく型枠を組み立て直し、本件設計変更により必要となった一階から四階までの柱の補強工事を行った。他方、亡忠次も、本件仮処分命令を受けて、同年二月九日付で渋谷区建築主事に対し本件設計変更部分(延べ建築面積一八平方メートル)についての工事取りやめ届を提出した。そして本件建物は当初の完成予定日である同年三月三一日より大幅に遅れて同年六月三〇日に完成した。

15  亡忠次は、昭和四八年二月一三日、本件仮処分命令に対し異議申立をしたが、同年一〇月八日右異議申立を取り下げ、同日起訴命令の申立をした。これに対し、被告らは、同月一九日本件仮処分申請を取り下げた(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。

二  なお、原告らは、被告ら近隣住民が権利行使の名の下に亡忠次から和解金その他の経済的利益を得る目的で本件工事を妨害した旨主張し(請求原因4(三))、甲第五七号証の記載並びに証人大澤冨治雄の証言及び原告佐藤和男本人尋問の結果中にはこれに沿うかの部分がある。しかし、右大澤証言及び原告本人の供述はいずれも近隣住民らの意図を推測したものに過ぎず、右甲第五七号証の記載(昭和四八年一月一七、八日ころ五十嵐弁護士が亡忠次に解決金を要求した旨)も、前認定の本件紛争の経緯及び後記認定(第四の一ないし三)に照らし、これを採用して被告らの本件工事反対の行動が和解金等を得る目的から出たものと認めるには足りず、他に原告らの右主張事実を認めるべき証拠はない。

三  証拠関係について

1  前記一1の認定事実について、原告らは、宇垣建築指導部長が同月三〇日被告巻幡茂子及び訴外高橋六郎に架電して本件念書どおりの合意が出来ていることを確認した旨主張し、《証拠省略》中にはこれに沿う部分がある。しかし、当日宇垣建築指導部長と話し合った大澤自身は、宇垣建築指導部長の電話連絡の様子からその電話先が被告巻幡茂子及び訴外高橋六郎であると推測した旨確たる証拠もなく供述するにすぎず、その余の供述及び供述記載はいずれもこれを受けたもの又は伝聞供述にすぎないうえ、その後の本件工事をめぐる紛争経過及び証人織田一及び被告巻幡茂子本人の反対趣旨の各供述に照らすと、右各証拠はいずれも措信し難く採用できず、他に右原告ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  前記一5の認定事実について、原告らは、五十嵐弁護士が一〇月一二日ころの本件工事現場における話し合いの場に居合わせた旨主張し、《証拠省略》中にはこれに沿う部分があるが、被告ら住民が本件仮処分申請の段階で初めて五十嵐弁護士に依頼した事実は《証拠省略》から明らかであり、右各証拠は採用できない。次に原告らは、住民側が当日本件工事現場の残土運搬用ダンプカーの前に座り込んで本件工事を妨害した旨主張し、《証拠省略》中にはこれに沿う部分がある。しかし、前記一において認定した事実経過に照らせば、当時は三恵建設が本件工事を開始して間もないころであって、施主ないし業者側と住民との紛争が、座り込みといった実力行使を行う程深刻な状況に達していたものとは考えられず、このことは、当日の様子を撮影した写真にも座り込みの様子が撮影されていないことからも裏付けられるものというべきであり、右証人らの証言は、その客観的裏付を欠いており、これを直ちに採用して右座り込みの事実を認めることはできない。ところで、被告らははじめ右座り込みの事実を認め、後に右自白を撤回したが、右自白が真実に反する陳述であることは右のとおりであり、従って右自白は錯誤に基づいてなされたものと推認されるから、右自白の撤回はもとより有効というべきである。

なお、証人織田一は、当日住民側は本件工事現場内に立ち入っていない旨供述するが、右供述は《証拠省略》に照らし採用できない。

3  前記一6の認定事実について、原告らは昭和四七年一一月一七日被告巻幡茂子ら近隣住民がレッカー車の作業範囲内に座り込んだ旨主張し、《証拠省略》中にはこれに沿う部分がある。しかし、前記一において認定した事実経過に照らせば、当時は未だ仮処分申請前の段階であって、紛争の形態として座り込みのような実力行使に及ぶ段階に達していたものとは考えられず、他に右座り込みの事実を裏付けるに足りる客観的証拠を欠くから、右各証拠を直ちに採用し、右各証拠と反対趣旨の証人織田一らの証言を排してまで、右座り込みの事実を認めることは困難である。ところで、被告らははじめ右座り込みの事実を認め、後に右自白を撤回したが、右自白が真実に反する陳述であることは右のとおりであり、従って右自白は錯誤に基づいてなされたものであると推認されるから、右自白の撤回はもとより有効というべきである。

他方、証人織田一は、同年一一月一七日ころ近隣住民が本件工事現場内に立ち入ったことはなかった旨供述するが、前認定のとおり、既に一〇月一二日ころの段階で住民側が本件工事現場に立ち入った事実が認められることに照らし、証人織田の右証言はたやすく信用することができない。

4  前記一8及び9の認定事実について、原告らは、昭和四八年一月一一日の検証の時点で既に本件建物五階部分の木製仮枠の組立が完了していた旨主張し、《証拠省略》にはこれに沿う部分がある。しかし、本件仮処分決定書によれば、同決定書の理由中には、債務者らは一月一三日から急拠木製仮枠を組み立てて本件建物五階の工事に着工したことが疎明される旨記載されており、右仮処分命令を出した裁判所自身が右検証を行って本件建物を見分している事実に照らすと、前掲各証拠は到底採用することができない。

5  前記一10の認定事実について、証人織田一は、昭和四八年一月一七日には近隣住民がポンプ車を取り囲んだこともコンクリート圧送用のパイプにぶら下がってその吊り上げ作業を阻止明しこともなく、また沖田元都議や篠崎区議がスピーカーで叫んだ事実もなく、沖田元都議が工事をやめさせるべく業者側と交渉したにすぎない旨供述する。しかし、前記認定のとおり右当日は三恵建設側が仮処分裁判所の意向を無視して仮処分命令が出る前に五階部分への生コンクリート打込み作業を強行しようとした日であって、本件紛争の一連の経過の中でも最も緊迫した段階にあったことは、《証拠省略》からも認められるから、当日の住民側の行動が右織田一の証言程度のものであったとは到底考えられず、同証言は採用できない。

6  前記一11の認定事実について、証人織田一は、昭和四八年一月一八日に住民側がポンプ車の本件工事現場への接近を阻止したこともポンプ車のラジエーターの止め栓を抜き取ってエンジンが掛からない状態にしたこともない旨供述し、被告巻幡茂子本人もこれに沿うかのような供述をしている。しかし、同日も仮処分命令が出される直前であって、本件紛争の一連の経過の中でもきわめて緊迫した段階であったことは前日と同様であると認められるから、右織田一の証言及び被告巻幡茂子本人尋問の結果は採用できない。

他方、原告らは、同日住民側が本件工事現場前道路に座り込んだ旨主張し、《証拠省略》にはこれに沿う部分がある。しかし、同日住民側がポンプ車の本件工事現場への接近を阻止しようとした事実は前記認定のとおりであるけれども、住民側が阻止の手段として本件工事現場前道路に座り込んだ点については、右各証拠以外にこれを裏付けるに足りる証拠がないから(当時の新聞報道においても住民側が座り込んだとは記載されていない。)、右各証拠を直ちに採用して右座り込みの事実を認めることはできない。

7  前記一13の認定事実について、証人織田一及び被告巻幡茂子本人は、昭和四八年一月三一日に本件工事現場において住民側と業者側がもめたことはない趣旨の供述をしているが、右供述は《証拠省略》に照らし採用できない。

第四被告らの行為の違法性

一  本件建物建築による被告らの被害

1  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件建物は巻幡宅壁面から約六・三五メートルの距離をおいて、東西方向には敷地ほぼ一杯に建築されている。そして本件建物により巻幡宅及びその敷地は、冬至において、午前一〇時ころから午後二時ころまでその半分以上が本件建物の日影におおわれ、正午ころは敷地の全体が日影内にあることになり、この状態は本件設計変更の前後を通じて同じである。また、巻幡宅が日照を受ける時刻は午前及び午後の比較的日照の弱い時間帯に限られるため、同宅室内は日中も薄暗く冬期は低温であり、洗濯物の乾燥にも不自由する状態にある。

更に、本件設計変更の前後を通じて巻幡宅からの本件建物の仰角は約六〇度にもなり、天空の視界は著しく狭隘となっている。

(二) 本件建物建築前本件土地には木造二階建家屋(旧家屋)が巻幡宅地壁面から約三メートルの距離をおいて建てられており、冬至における右旧家屋による巻幡宅への日影及び採光への影響については、本件建物の場合に比べて顕著な差があったともいえないが、冬至の正午の日影を比較すれば、本件建物の日影は本件設計変更の前後を通じて巻幡宅の敷地及び右敷地の北側に隣接する訴外織田宅をほぼ完全におおうのに対し、旧家屋の日影は巻幡宅敷地の全体をおおうに至らないものであるなど、日影の大きさの点で著しい相違があり、季節変化を考慮すると、年間を通して見た場合、巻幡宅の日照及び採光状況は本件建物の建築により悪化することが明らかである。また、被告らと行動を共にした近隣の訴外沼田宅、同高橋宅、同田中宅、同織田宅に対しても、旧家屋と本件建物とで日照状況に顕著な差があることが明らかである。

そして、旧家屋は二階建建物であるのに対し、本件建物は五階建であり、本件建物の方が旧建物よりも巻幡宅との距離を離して建てられてはいるものの、建物から受ける圧迫感及びプライバシー上の不利益は本件建物による方がはるかに大きい。

(三) 本件仮処分命令による本件設計変更は、冬至における日影及び採光の点では巻幡宅への影響は全くないが季節変化を考慮すれば全く影響がないとはいえず、また巻幡宅からの天空の視界及び建物による圧迫感の点では設計変更前に比べてある程度改善されることになる。

(四) 昭和四八年一一月二〇日本件地域の容積率が四〇〇パーセントから三〇〇パーセントへ指定替えされたため、本件建物の充足率は本件設計変更前で約九六パーセント、本件設計変更後で約九四パーセントとなって、容積率の点で限度一杯の建物となった。また、昭和五一年の建築基準法改正によって同法五六条の二が創設され(昭和五二年一一月一日施行)、同条に基づき昭和五三年七月一四日東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例(日影規制条例)が制定され、同年一〇月一二日から施行された。右条例によれば、本件地域(住居地域、容積率三〇〇パーセント、第三種高度地区)内にある高さが一〇メートルを超える建築物は、冬至日の真太陽時による午前八時から午後四時までの間において、平均地盤からの高さが四メートルの水平面に、敷地境界線からの水平距離が一〇メートル以内の範囲において五時間以上、右水平距離が一〇メートルを超える範囲において三時間以上日影となる部分を生じさせることのないものとしなければならないことになる。ところが、本件建物は本件設計変更後においても右条例所定の基準を超える日影を生じさせるものであり、本件建物を右基準に適合させるためには、本件設計変更部分の一部を含めてその四階及び五階の北側及び西側一部分を更に削除しなければならない。

2  右1において認定した事実及び前記第二の一において認定した事実に基づいて本件建物により被告らの被る被害の程度につき検討する。前示のとおり本件地域は昭和四七年当時住居地域に指定され、かつ本件土地の周辺には中高層の建物が少なかったとはいうものの、当時本件土地の近辺には四階建以上の建物も建ち始めていたという状況であるから、本件建物が周辺地域の地域性に適合しない建物であると速断することはできない。しかしながら、本件建物は、設計建築当時は建築基準法上の諸制限に適合していたものの、建築後に公布施行された同法五六条の二及び東京都の日影規制条例所定の基準をみたしていない、いわゆる既存不適格建築物であるうえ、本件建物の建築により、近隣住民、とりわけ被告らは日照及び採光の点において従来と比べてより大きい不利益を現実に被っており(一部設計が変更されているにもかかわらず)、更に、プライバシーの保持や圧迫感の点でもかなりの不利益を受けているものと認められるから、かかる被告らの被害をもってそれが社会生活上受忍すべき限度内にあるものとは、にわかに断定し難い。

二  本件建物建築に対する被告らの同意

原告らは、被告らは昭和四七年八月二五日鵬建設及び亡忠次との間で本件念書を作成し、本件建物建築に同意する旨の意思表示をした旨主張する。

しかしながら、《証拠省略》によれば、本件念書には、被告ら近隣住民の署名押印がなされていない事実が認められるから、本件念書はそもそも念書としての形態を未だ整えていないのみならず、右書面自体同年八月二五日の話し合いの後に鵬建設の大澤設計部長が作成した念書となるべきものの原稿にすぎないことは前記第二の二3において認定したとおりであり、その記載内容も工事施行に当たっての業者側の遵守事項にすぎず、本件建物の設計内容や本件建物による日照被害について業者ないし施主側と住民側との合意内容を表示したものではない。しかも、前記第二の二3において認定した事実によれば、右八月二五日の話し合いの際住民側から本件建物の設計に関する要望が出され、業者との間で話し合いはつかなかったというのであるから、被告らが同日の話し合いの際本件建物の建築に同意していない事実は明らかであり、本件念書をもって被告らが本件建物建築に同意したものということはできない。

なお、《証拠省略》によれば、本件念書には、要望事項として、被告巻幡茂子が五階建の日照権についてはあきらめる旨の発言をした旨記載されている事実が認められ、右事項は大澤設計部長が八月二五日の話し合いの後に記載したものであることは前記第二の二3において認定したとおりである。しかしながら、被告巻幡茂子本人は、右話し合いの際、本件建物が建てられると陽が当たらなくなる趣旨の発言をしたにすぎず、日照権についてあきらめる旨の発言をしたものではない旨供述しており、同被告がはたして右要望事項記載どおりの発言をしたか否か甚だ疑わしいのみならず、本件建物建築により同被告の受ける被害の程度及び同被告及び近隣住民らがその後にとった行動経過に照らすと、右話し合いの際同被告及び関係住民らが本件建物建築に当たって日照利益を放棄する旨の意思表示をしたものと認めることはできない。

三  本件建物建築をめぐる施主、業者及び被告ら住民の態度

前記第二の二及び第三の一において認定した事実によれば、施主の亡忠次は、建築確認を得て業者と工事請負契約を締結した段階ではじめて近隣住民に対し工事開始についての挨拶回りを行い、その後業者等を通じ、又は直接に、住民側から本件建物の設計変更等日照に対する配慮を求められたが、合法建築であり、既に配慮ずみであるとしてこれを受け入れず、工事に着手し、工事着工後も日照問題について住民側との話し合いに一切応じようとしなかったものであり、本件紛争の過程において住民側に対し日影図を示して説明したり譲歩案を示すなど解決へ向けての努力をした形跡は窺われず、業者に対しても、日照問題について設計変更を伴う住民の要求に対しては全く譲歩の余地がないものとして対応するよう求め(《証拠省略》により認められる。)、ひたすら工事を敢行することにより近隣住民の抵抗を押し切ろうとする態度を貫いたものということができ、かかる施主の態度の基底には、本件建物が適法な建築確認を得たものである以上これを建築することに何ら問題はないとの信念及び近隣住民の日照利益に対する軽視があったものと推測するに難くない。

次に、前記認定事実によれば、施主から本件工事の依頼を受けた鵬建設、山品建設及び三恵建設は、施主である亡忠次の意向もあって、いずれも、本件建物の設計内容や日照に関する住民側の要望については施主側の問題であって業者の関知するところではないとの態度をとり、特に施主と工事請負契約を締結した鵬建設及び三恵建設においては、施主と住民側との話し合いがついていないことを承知しつつ、予想される住民の反対に対しては施主との間で損害填補契約を結ぶことにより、その責任を施主に負わせる形にして工事を行うことに終始したものということができ、業者としての立場から施主と住民側との間に立って事態の打開に努めた形跡は本件全証拠によるも窺われない。

他方、被告ら住民側の対応をみると、前記認定事実によれば、住民側は、本件建物建築計画を知った当初においては、施主に対し直接話し合いを求め、五階部分削除等の日照に配慮した設計に変更するよう求めたが、これが聞き入れられないとみるや、元都議会議員及び行政機関等を利用して工事を中止させ、施主を話し合いの場につかせて要求の実現を図ろうとし、施主が話し合いに応じないまま工事を進行させるに及んで、直接工事現場に臨んで工事の中止を要請するなどの行動に出、工事の進行がかなり進んだ時点で裁判所に解決の場を求め、最後に施主及び業者が裁判所を無視する形で工事を強行したことに対して実力行使に及んだものということができ、本件紛争が拡大したことについては、当初住民自身の要求が必ずしも明確に表明されなかったことにもよるが、施主及び業者の前記のような妥協をよしとしない態度が大きな要因をなしているものといえる。また、住民側の行動は、当初は被告巻幡茂子をはじめ本件建物の建築により何らかの影響を受けることが予想される周辺住民(訴外高橋六郎、同織田一、同沼田和子、同田中きくゑ、同兼村ヒサら)の間だけで訴外高橋六郎を中心にはじめられたが、施主側の工事強行による紛争の拡大とともに、沖田元都議、篠崎区議らの政治家を巻き込み、更に訴外柏木暁らの日照権関係の市民運動グループの支援を受けるようになり、最後の実力行使の局面においては労働組合関係者ら本件紛争と直接関係のない者までが加わる形で発展していったもので、結果として本件紛争が当事者の思惑を超えて拡大していった側面も否定し切れず、またこのような展開は被告巻幡茂子自身にとっても予想外のものとなった様子も窺われる。そして本件紛争が右のような展開を遂げたことについては、日照保護を目的とした建築基準法の改正及び日影規制条例の制定が行われる前の時期で、未だ日照紛争解決の方策が確立しておらず、日照権自体生成の過程にあった時代背景がその一因となったことも容易に推測しうるところである。

四  被告らの行為の違法性

右一ないし三において判示した諸事情を前提に、以下被告らの各個の行為の違法性の有無を検討する。

1  前記第三の一1の各行為について

(一) 被告ら近隣住民が沖田元都議に対し本件工事を中止させるよう依頼した行為について

前示のとおり被告ら近隣住民は施主及び業者側に本件建物建築による日照問題について要望をしたが、施主及び業者側がこれを受け入れずに工事に着手したため、施主及び業者を住民側との話し合いに応じさせる目的で元都議に斡旋を依頼したものであって、右行為自体違法な工事妨害行為とはいえない。

(二) 被告ら近隣住民が東京都日照相談室へ陳情に赴いた行為について

右行為は、日照紛争の調整をその行政活動の一とする地方自治体に対し、住民側が紛争の解決を求めに行ったものであって、右(一)のとおり現に住民側と施主及び業者側との間で紛争が発生している以上、住民側の右行為は違法な妨害行為とはいえない。

(三) 住民側の依頼を受けた沖田元都議が宇垣建築指導部長及び貸付課の竹内係長に対し工事中止、貸付契約の留保及び都庁への出頭を要請させた行為について

沖田元都議のした右各行為は、その政治家たる地位を利用して直接東京都の上級職員に働きかけ、都の行政指導の影響力を利用する意図で行ったもので、とくに貸付課の竹内係長に対する働きかけは、亡忠次が東京都の融資斡旋制度の利用を考えていることを奇貨として行われたものであると推認するに難くなく、いずれもその意図、方法、手段において穏当さを欠く嫌いはあるものの、右各行為は、住民の要望を受け入れずに工事を始めた施主及び業者を住民側との話し合いに応じさせる目的でなされたものであり、また、宇垣建築指導部長及び貸付課の竹内係長の行った行為も行政指導として許容される限度を超えないものと認められることに照らすと、沖田元都議の右各行為それ自体が違法とはいえず、沖田元都議に前記趣旨の依頼をした被告らに違法な工事妨害行為があるとはいえない。

2  前記第三の一2の行為について

沖田元都議の鵬建設に対する行為は、同社が東京都の指名業者であることを奇貨として、同社に対し指名業者から外すとか、施主への融資を遅らせるとかの言辞により工事中止の圧力をかけたものであり、右行為は政治家の地位を利用した不当な行為であると認められる。しかしながら、沖田元都議の右行為はいずれも、被告ら住民側が施主及び業者に対し工事を中止して話し合いに応じさせる目的でその斡旋を沖田元都議に依頼したことを受けてなされたもので、右斡旋依頼行為自体何ら違法な工事妨害行為といえないことは前判示のとおりであるのみならず、沖田元都議の右行為は、施主及び業者側が被告ら住民側の日照についての要望を一切無視する態度で工事を開始した段階で行われたものであり、被告らの日照被害の程度からみて被告らの右要望が必ずしも不当なものであるとはいえないこと、また、被告ら住民側が沖田元都議に対し右のような方法で工事を中止させるよう具体的に依頼した事実を認めるに足りる証拠もないこと、及び鵬建設の撤退は沖田元都議による右の圧力によるものではあるが、鵬建設及び施主たる亡忠次の選択判断によって工事請負契約を合意解除したものであることに照らすと、沖田元都議の右各行為をもって被告らの違法な工事妨害行為であるとまでいうことはできない。

3  前記第三の一3の各行為について

沖田元都議の山品建設に対する各行為は、同社が東京都の指名業者であったことを奇貨として、同社に対し本件工事を引き受けないよう圧力を加えたものであって、それ自体政治家の地位を利用した不当な行為であると認められる。しかしながら、沖田元都議の右各行為はいずれも、鵬建設が撤退した後施主がなおも被告ら住民側との話し合いに応じようとしないで、業者を替えて本件工事を強行しようとした段階でなされたものであり、被告ら住民側が施主との協議がつくまで工事を行わないよう申し入れる行為自体は、被告らの日照被害及び施主側の前記態度に照らし非難されるべきではないこと、被告ら住民側が沖田元都議に対し右のような方法で工事の請負を断念させるよう具体的に依頼した事実を認めるに足りる証拠もないこと、更に、山品建設が契約締結に至らなかったのは沖田元都議の右の圧力によるものとはいえ、山品建設は業者としての利害の判断から契約を締結しなかったにすぎないことに照らすと、沖田元都議の右各行為をもって被告らの違法な工事妨害行為であるとまで認めることはできない。

4  前記第三の一4の各行為について

住民側が三恵建設に対し繰り返し工事中止を申し入れた行為は、施主が住民側との話し合いに応じないままひたすら工事を強行しようとしたことに対応して行われたもので、それ自体違法な工事妨害行為であるとはいえない。また、住民側が立看板を掲出した行為についても、看板の記載内容自体住民の環境被害を訴える趣旨のものにすぎず、施主及び業者をことさら指弾する趣旨のものではないから、右掲出行為自体違法な工事妨害行為であるとはいえない。

5  前記第三の一5の行為について

被告巻幡茂子をはじめ近隣住民及び沖田元都議、訴外柏木暁らが本件工事現場内に立ち入って菅原主任に対し工事中止を申し入れた行為は、住民側が三恵建設に対し工事を中止するよう繰り返し申し入れたにもかかわらず同社が工事を続行したため、住民側が施主との話し合いの前提として業者に工事の中止を求めるべく、直接工事現場に臨んでその申し入れを行ったものであって、右申し入れがある程度強い態度で行われたとしても、業者に対する要求、説得の域を超えるものであったとは認められないから、右申し入れ行為自体は違法な行為とはいえず、また右申し入れを行う目的で本件工事現場に立ち入った行為についても、違法な工事妨害行為であるとは認められない。ところで、右申し入れの際沖田元都議のとった言動にはいささか穏当さを欠く嫌いがあるが、右行為は住民側の右正当な工事中止の説得活動の過程において行われたものであることに照らすと、いまだ違法な工事妨害行為であるとまで認めることはできず、また被告ら住民側が同元都議に対し右のような方法で工事中止を要請するよう具体的に依頼した事実を認めるに足りる証拠もない。

なお、住民側が沖田元都議とともに東京都に赴いて亡忠次への要請を依頼した行為は、地方自治体に対し紛争の解決を求めたもので、右1(二)において判示したとおり何ら違法な工事妨害行為とはいえない。

6  前記第三の一6の行為について

被告巻幡茂子ら近隣住民が本件工事現場内に立ち入って、土留用鋼材の抜き取り作業を中止するよう要求した行為は、右申し入れがレッカー車の騒音を口実とし、また沖田元都議らの業者に対する影響力を利用してなされるなどその態様においてやや穏当さを欠く嫌いはあるものの、施主が依然として住民側との話し合いに応じようとせず、ひたすら工事を進行させて基礎工事を終える段階にまで至ったことに対して、本件工事現場に臨んでその申し入れを行ったものであって、業者に対する説得の域を超えるものであったとはいえず、右行為は違法な工事妨害行為であるとは認められない。

7  前記第三の一7の各行為について

(一) 被告らの仮処分申請行為について

本件建物建築による被告三名の被害をもって、社会生活上受忍すべき限度内にあるものとは断定し難いことは前記一2において判示したとおりであり、右仮処分申請は、施主及び業者側が、右被害について被告ら住民側との話し合いに応じないまま本件建物の三階付近まで工事を進め、そのまま推移すれば本件建物が完成して被告らの被害の救済が著しく困難となる状況の下において、被告らが裁判による解決を求めて行ったものである。従って被告らの右仮処分申請行為は、被保全権利、保全の必要性及び申請の目的のいずれに照らしても正当なもので、被告らの違法な工事妨害行為であるとは到底いえず、また、右申請の際被告ら以外の近隣住民が仮処分債権者となったからといって被告らの右仮処分申請が違法になるものでないことも明らかである。

なお、原告は、被告らが後日右仮処分申請を取り下げたことにより本件仮処分は違法なものに確定したから、右申請行為は違法な工事妨害行為となる旨主張するが、仮処分申請の取下によりその申請に基づいて発生した効果が遡及的に消滅するからといって、そのために既になされた仮処分命令が違法なものとなるいわれはないから、原告の右主張は失当である。

(二) 裁判所の工事中止勧告について

緊急を要する仮処分事件の審理において、その判断の実効性を確保する等のため当事者双方に事実上何らかの勧告を行うことは特段の事情のない限り仮処分裁判所の自由な裁量に委ねられているというべきところ、右工事中止勧告は、裁判所が審理の経過及び工事の進捗状況に鑑み、そのまま工事を続行すれば仮処分申請事件の審理に支障が生ずるものと判断して、施主及び業者に対し工事の中止を勧告したもので、当時本件建物の三階部分まで工事が完成する状態となっていたことや、裁判所が後日結果として五階北側一部分の設計変更を命ずる仮処分命令を出したことに照らすと、裁判所の右判断ないし勧告が不当なものであったとは到底認められない。また、被告らが裁判所に対して右工事中止勧告を要請したことは推認するに難くないが、右要請自体は当事者の自由な裁判活動の範囲を超えるものではないから、何ら違法な工事妨害行為であるとはいえない。

8  前記第三の一9の各行為について

被告ら近隣住民が施主及び業者に対し再三にわたって工事中止を要請した行為は、施主及び業者が裁判所のした設計変更勧告を無視した形で工事を強行したことに対して、右勧告に従わせるために行ったものであって、右要請がある程度強い調子で再三にわたって行われたとしても、施主及び業者側の右のような強硬な態度との相関関係のもとでは未だ説得の域を超えていないというべきであり、違法な工事妨害行為であると認めることはできない。

9  前記第三の一10の各行為について

(一) 住民側の渋谷警察署に対する陳情行為について

住民側が渋谷警察署に働きかけて業者に対し路上駐車のための許可を出させないようにし、それによって翌日の生コンクリート打込み作業を阻止しようとした行為は、被告ら住民側の一連の生コンクリート打込み作業阻止行為の一環としてなされたものである上、行政機関に対する単なる陳情行為以上の意味を持ち得ず、現に三恵建設の申請後遅滞なく許可されているから、右陳情行為をもって違法な工事妨害行為であるということはできない。

(二) 住民側の生コンクリート打込み作業妨害行為について

住民側がポンプ車を取り囲み、コンクリート圧送用のパイプにぶら下がって右打込み作業を阻止した行為は、明白な実力行使であり、しかも右行為の態様自体かなり危険なものであって、特段の事情のない限り違法性を帯びるものであることはいうまでもない。しかしながら、

(1) かかる実力行使は、直接的には施主及び業者側が仮処分命令の出されることを知ったにもかかわらず、既成事実を先行させることにより仮処分命令の実効性を失わせようとして工事を強行したため誘発されたものであること、

(2) 住民側による右実力行使は、本件紛争の一連の過程の最終段階においてなされたものであり、住民側が実力行使に及ぶまでその行動をエスカレートさせたことについては、住民側の要求に耳を傾けようとしない施主及び業者の強硬な態度が大きく原因していること、

(3) 生コンクリート打込み作業が行われれば、仮処分命令が出されたとしてもその実効性が弱まるのみならず、被告らの被害の救済が著しく困難なものになること、

(4) 右実力行使は、施主及び業者側が生コンクリート打込み作業をまさに開始しようとした時点において、これを阻止すべくなされたものであること、

以上の諸事情に加えて、本件建物五階部分の建築により被告らの受ける被害は、社会生活上受忍すべき限度内にあるものとは断定し難い程度のものであることを併せ考えれば、本件紛争において住民側の行った右実力行使は、かなりの程度妥当性を欠くものであったことは否定できないけれども、いまだ違法性を帯びるとまで言い切ることはできない。

(三) 沖田元都議らの言動について

沖田元都議らが日本社会党の広報車を出動させるなどして業者側に対し工事中止を迫った行為は、その態様においてきわめて穏当さを欠くものであって、もはや平和的な説得の範囲を超えるものと認められるけれども、右行為は被告ら住民側の一連の生コンクリート打込み作業阻止行為の一環として緊迫した状況の下でなされたものであり、右阻止行為の中核をなす住民側の実力行使が前記のとおりいまだ違法なものであるとは言い切れないことに照らすと、沖田元都議らの右行為もいまだ違法な工事妨害行為であるとまで認めることはできず、また、被告らが、沖田元都議らに対し右のような方法で工事中止を迫るよう具体的に依頼した事実を認めるに足りる証拠もない。

(四) 被告巻幡茂子のビラ配布行為について

被告巻幡茂子のビラ配布行為も、被告ら住民側の一連の生コンクリート打込み作業阻止行為の一環としてなされたものと認められ、行為の態様も平穏なものであるから、右ビラ配布行為が違法な妨害行為であるとはいえない。

10  前記第三の一11の各行為について

住民側がポンプ車の本件工事現場への接近を阻止した行為及び右ポンプ車のラジエーターの止め栓を抜き取ってエンジンが掛からない状態にした行為は、明白な実力行使であり、しかも右行為の態様自体見方によっては悪質なもので、特段の事情のない限り違法性を帯びるものであることはいうまでもない。しかしながら、右実力行使も、施主及び業者側が仮処分命令の実効性を失わせようとして工事を強行したことに対して、住民側が行った一連の生コンクリート打込み作業阻止行為の一環としてなされたものであり、前日(一月一七日)に行われた実力行使と一体として評価すべきものであるところ、前記のとおり前日の実力行使がいまだ違法性を帯びるとまで言い切ることはできないものであることに照らすと、一月一八日の右実力行使も、かなりの程度妥当性を欠くものであったことは否定できないにしても、いまだ違法性を帯びるとまで言い切ることはできず、また、被告らが住民側の何人かに右止め栓抜き取り行為を具体的に依頼した事実を認めるに足りる証拠もない。

11  前記第三の一13の行為について

住民側に立って行動した訴外中野勤が、配管工の訴外間正忠に暴行を加えて傷害を負わせた行為は、住民側が本件仮処分命令に基づく木製仮枠撤去の確認を求めて業者側ともめた際偶発的に起きたもので、右行為自体は施主及び業者に対する本件建物建築工事の妨害とは無関係なものであるから、仮に訴外間の負傷により業者及び施主が何らかの損失を被ったとしても、右行為をもって住民側の違法な工事妨害行為であるということはできない。

五  小結

以上のとおり、被告らをはじめ住民側が本件建物建築工事の過程において施主の亡忠次並びに業者の鵬建設、山品建設及び三恵建設に対してとった各行為は、いずれもその態様に照らし、あるいは、本件建物建築による被告らをはじめとする近隣住民の被害の程度、本件紛争における一連の施主及び業者側と被告ら住民側の対応の経過等の具体的状況に照らし、いまだ違法な工事妨害行為であったとは認めるに足りないから、右各行為が違法なものであることを前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく排斥を免れない。

第五結論

以上判示したとおり、原告らの本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 小田泰機 西川知一郎)

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